二通目 北嶋からの返信

 青木は手紙を北嶋の手に無礼にならない程度の丁寧さでそっと戻して、言いにくそうに口をひらいた。


「えーと、この、その、非常に、えーあ、甘口な手紙は、ホントに北嶋の旦那さんから? 3年ぶりの便り?」 


 北嶋は手紙に目を落としながら、二度小さく頷いた。


 青木は3年ぶりの訳を尋ねていいものかどうか、非常に悩んだ。2人いる子どもたちの話しはよく聞いていたが、そういえば旦那の話しはほとんど出た記憶がない。離婚なのか別居なのか、もしかして現在進行形でまだ夫婦なのか。それすら知らない。これは大変にデリケートな問題ではないだろうか。そして北嶋がこの手紙を持ってきた理由も定かでなかった。


 北嶋の手紙を持つ手がかすかに震えていた。青木にはそれが怒りからなのか、悲しみからなのか、はたまたまさかの嬉しさからなのか判断がつかなかった。困った青木はとりあえず無難なところからとりかかろうと思った。


 「えーと、先ほどは失礼な発言をしてすまなかった。で、北嶋はどうしたいんだい?」

「オーナー、お休みをもらってもいいですか?」


 青木は少し考えた。大勢いるカメラマンと違いヘアメイクのスタッフは三人しかいない。イベントが入るとイベント先と店舗に三人はいて欲しいところだ。


 とはいえ、今は梅雨を迎えてイベントも少ない。もしものときは提携の美容室から派遣は頼めるし、イベントの増える夏休みに入る前なら休んでもらってもなんとか回せるだろう。


「ああ、見舞いに行くかね?」

「いえ。引き取りに行ってきます」


 北嶋は眉間に皺を寄せて答えた。その表情は心配からなのか、行くことを面倒に思っているのか定かではなかったが、強い意思は感じられた。


 「見舞いじゃなくて?」


 青木の疑問に北嶋は先ほどと同じ言葉を繰り返した。


「アホウを日本に引き取ってきます」



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拝復


 だからいくら取材でも報道の腕章をしていても、その国は危ないと何度も何度もお伝えしましたが、3年たってやっと身をもってご理解いただけたようですね。


 今さら泣き付かれても大変迷惑なのですが、まさか高齢のお義母様に行っていただく訳にもいかないので仕方ありません。


 子どもたちは母に預かってもらえることになりました。仕事のほうもオーナーの休みが取れました。あなたの「子猫ちゃん」にして「スイートハート」かつ「真っ赤な可愛いリンゴちゃん」が迎えに行きますから、覚悟を決めすぐに出国出来るように手続きをお願いします。 


 待ち合わせは国際空港の国際線搭乗口です。一歩たりとも空港から足を踏み出す気はさらさらありません。そのまま飛行機に乗れるようにご準備ください。


 3年ぶりだからといって妻の私の顔がわからなかったら、その場で回れ右します。よく思い出しておくようにご努力くださいませ。


 なお、今回の旅費はお義母様が全額負担してくださいます。帰国したらご自分の口からお礼を伝えてください。


 この次事後報告で紛争国入りしたら、トゲだらけの赤い薔薇に添えた離婚届けの用紙が追いかけていきますので、御承知おきください。

 

    では、病院のステキなスタッフにクビを洗ってもらってお待ちあそばせ。


              敬具


         北嶋 凛子


北嶋 弓人様

        

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 十日後、北嶋が帰国の挨拶に青木のスタジオに現れた。


「アレの返事を郵送したのか?」

 迎えに行くのに投函して間に合ったのかと心配になった青木が尋ねると、北嶋は晴れ晴れとした顔で答えた。


「いえ、手書きの返信の写メをLINEしておきました」


 北嶋がお世話になりましたと差し出したお土産は、アフリカの動物たちを型どったクッキーの詰め合わせ、民族衣装のようなエコバッグ、鮮やかな色の皮細工のスリッパ、そして袋にカバのイラストのついた珈琲豆だった。


 北嶋が夫を迎えに行ったという国の名前を三度聞いたが、三度とも覚えられなかった青木であった。


 


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