三通目 「強(つよし)への手紙」までの30分
スタッフミーティングの後、写真スタジオのオーナー青木は速攻で退席することを常としていた。
そうしなければ女性スタッフ(青木以外はすべて女性スタッフである)のおしゃべりに付き合うことになり、そのおしゃべりは尽きることがないからである。そしておしゃべりに巻き込まれると、退席するタイミングが大変難しいのだ。
そういうわけで青木は早々にノートパソコンを閉じて立ち上がった。が、そんな彼を今日は引き留める者がいた。この春に採用した新人カメラマンの鈴置さおりである。
「青木さん、少しいいでしょうか」
よくはない。よくはないがそうも言えず、場所を変えてと提案した青木だったが、ここで構わないという鈴置の遠慮がちな答えで退席することが叶わなくなった。
ところで、ロケでは2台のカメラでかなりの枚数を撮影する。そこからカメラマンと制作担当で百枚前後に枚数を絞り、顧客に提示してアルバムに載せる枚数を選択してもらうのだが、鈴置は数を絞り込めないのだという。
「うーん、そうだなぁ。自分の見せたい写真じゃなくて、お客様がアルバムにして残したいと思える物を選んでほしいかなぁ」
などと真面目な相談事の後ろで、女性スタッフがワイワイと騒ぎはじめていた。
「ねぇ、これ見て!これ」
そう言って一冊の薄い雑誌を広げたのは、ムードメーカーにしてヘアメイク担当の北嶋である。
「え?なになに!」
そう食いつくのは仲のいいカメラマンの大西美宇だ。
『最高の返信、募集中』。広げたページにはデカデカとそう書いてあった。
それを見たスタッフが口々に騒ぎはじめた。
「なにこれ?」
「うわー、賞金出るの?」
「うそ! 10万円?」
「違うって。この金額分の旅行券って書いてあるやん」
「次席は但馬牛ってか! 私はこっちがいいなぁ」
「旅行って国内? 海外?」
「んな、円高なのに海外はないよなぁ」
「で、問題の手紙ってどれ?」
「んと、次のページから始まるみたい。ねぇ、皆で返信考えようよ」
「「「いいね」」」
賛同の声が重なった。
立ち去るならこのタイミングだったと、青木は後になって思った。鈴置との真面目な話しが終わらないまま、こうして彼は奇妙な手紙を読み聞かされることになったのである。
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LINEで悪いねんけど、1つ頼まれてくれるか!?
あんな!? うち《我妻興信所》のガリツマちゃんにな、女の子紹介したげたいねん!
ガリツマちゃんはアタシのことファン過ぎて、彼女いない歴=年齢やんか!?
アタシが、元ING48のスーパーエースのおかげで、理想が高くなりすぎてな、普通の女の子には満足できへんねや!
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数行読み進んだところで、彼女たちが一斉にまたしゃべり始めた。
「なに、これ。面白い!」
「『ING48』って何の略?」
「えーと、いいんじゃないガール48とか?」
「ねえ、これ大阪弁?」
「そういえば、夕紀ちゃんってアッチ出身だったよね。代わりに読んでよ」
「いいよ。交代、交代」
こうして大阪は高槻市生まれの門野(旧姓 高藤)夕紀が、改めてその奇妙な手紙(LINE)を読み始めたのだった。
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