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 私とランス様は国王陛下によって、電光石火で婚約させられた。

 この国で結婚するためには婚約期間を最低一カ月設ける規則になっている。それはじゅうこんといったトラブルを避けるためだ。

 陛下は一日でも早く私たちを結婚させたいために、ひいては婚約も急がせたのだ。この結婚は複雑な事情がからみ合っているものの、結局は王命。しゅくしゅくと受け入れるだけだ。

 ランス様はこのたび陛下の騎士も、国中の兵士をとうそつする組織である軍も退き、お父上の持つしゃくを一つゆずりうけ、キアラリー辺境伯となる。辺境という土地にすきを作るわけにはいかず、私は婚約状態のままランス様と一緒に旅立つことになっている。

 あまりの時間の短さによめり準備ができないと父が言うと、ランス様は身一つで来ればいいとこともなげにおっしゃった。持参金すらいらないと。

 それほどお金持ちなのだろうか? と思い、王都にいる間に婚約者様の情報収集をしようと思ったら、案外身近にランス様のことを教えてくれる人間がいた。弟のサムだ。

 私とランス様の婚約を聞き、貴族学校のりょうから慌ててしきに戻ってきた。


「殿下の婚約破棄は本当に許せないけど、結果、閣下と婚約ならば、姉さん大当たりだよ! やったね。いずれ閣下の弟になれるなんて最高!」


 サムは以前からランス様にしんすいしており、大人の思惑や〈祝福〉きで、じゅんすいに大喜びしている。そんなサムを見て、なんだか救われた。


 サムの話では、ランス様は生まれてぐに潜在能力・・・・を認められ、その当時の軍の将軍であったアラバスター公爵の養子になった。この養子は実子と何一つ変わらない正式なもので、彼は公爵家の第三子だ。

 ついでに言えば、アラバスター公爵家は先代(ランス様から見たらおじい様)が王弟で、ランス様のお父上である現公爵は国王陛下の従兄弟いとこである。

 そんなゆいしょ正しくかつ二代前の将軍であったお父上の英才教育を受けて、ランス様は見る見るうちに武術の頭角をあらわす。魔法は火魔法を自分の手足のように使いこなすが、せんとうは武術がメイン。

 十四歳でお父上と共に立ったういじんで勝利を収め、その後も少数せいえいの部隊で先頭に立ち続ける。あやうき場面にこそ投入され、部下を一人も減らすことなく帰ってくる。勝率八割。

 そしてこの二年にわたる激しい戦いの中、前将軍がたおれ、彼があとをいだ。あっとうてきに数が負けている場面でさくって激戦を制し、我が国が敵国のぼくになるのをギリギリで防いだ英雄。

 これからも辺境伯という立場で、東のきょうみずぎわで防ぎ国を守る予定。ちなみに公爵家から譲られた爵位は伯爵位だったが、辺境を任されたことで辺境伯となった。辺境伯はこうしゃくと同格だ。

 彼の公式の・・・経歴はこんな感じだ。〈祝福〉うんぬんは秘密だから、ぼかすとこういう表現になるのだろう。

 初陣十四歳って……前世的に言えば中二だ。あどけなさの残っていたかつての教え子たちを思い出す。

 中二でおかしな〈死〉を背負い、大人の思惑で戦場に行かされたのか。今のたくましいランス様から少年のころを想像するのは難しいけれど……生きていてくれてよかった。

 ランス様は私より五歳年上の二十三歳。まだまだ若い。これから、たくさん楽しいことがあればいい。

 などと思いながら、少しずつ思い出している〈ホンキミ〉のシナリオとかくする。


 ランスロットとセルビアは、確かヨシオカちゃんいわく、巻が進むとせんぼつれいの前で出会うらしい。多くの戦友をうしない、自分だけ生き残ってしまったとうなだれるランスロットにセルビアはそっとい、彼の心の傷をいやす。

 それをきっかけにランスロットはセルビアを好ましく思うようになるのだが、それに気がついたアラバスター公爵家がセルビアをランスロットの嫁にしようと画策し、セルビアとコンラッド殿下の純愛のしょうへきになり……つまりランスロットは当て馬役だ。

 ご多分にれずランスロットは愛する人を苦しませたくないと身を引き、セルビアとコンラッド殿下の危機は去る。

 そのあとは二人を将軍っていう力をもって支えていくんじゃないかな? とヨシオカちゃんは推測していた。あのマンガは次々と新しいイケメンが登場して騒動を引き起こしつつのメインカップル固定ジャンルだから、ランスロットはさっさとお払い箱だろうと。

 さて、この現実世界では、セルビアとランス様はすでに出会ってしまった。

 しかし舞台は戦没者慰霊碑ではなく王宮のろうで、マントの中で聞く限りでは、ランス様がセルビアにこいに落ちたようには感じられなかった。

 ……つまりランス様と私は〈ホンキミ〉のシナリオからは外れたと、出番は終わったと思っていいだろう。いや、そうであってほしい。


「でもさ、閣下が素晴らしいほど、姉さんが苦労することになるってわかってる?」


 記憶のおくふかくを探っていた私を、サムが現実に引き戻した。


「どういうこと?」

「やっかみだよ。閣下は英雄で貴族のトップであるアラバスター公爵家の出だよ。かたやうちはこれといった特色のない伯爵家。またもや格差がありすぎる」

「でも、そんなの私たちに言われたって困るよね。結局前回も今回も婚約は王命なのよ?」

はたからは王命なんてわからないでしょ。それに、これまで閣下はこう言っちゃなんだけど、貴族の女性からは、血なまぐさいってことで人気がなかった。このはかっこいいけれど前線に出てる騎士はばんって感じに思われてて? 顔の傷も大げさにうわさになってたし、死神騎士って呼ばれているしね」

「……ちょっと待って。前線で戦っている皆様がいるからこそ、安心して生活できているのに、野蛮ってどういう神経しているの?」

「僕に言わないでよ。お上品な王都のしゅくじょの皆様のお考えなんだから。でも姉さんと婚約したことで、よくよく考えれば優良物件だった、バルト家の格で結婚できるなら、うちが手を上げればよかったって思うんだ」

「本当だとしたら、うちだけでなくランス様にもずいぶんと失礼ね」

「本当だって。父様のしょさいに行ってみなよ」


 そう言われて父のもとに行けば、サムの言うとおり木箱二つ分、あやしい手紙とプレゼントが積んであった。うんざりした顔の父に、見せてもらっていいかと問うと、


「エム、見ても気持ちのいいものじゃないぞ。外でかいふうしなさい。探知のどうでのチェックを漏らさないように」


 父はそう言って引き出しから、前世風に言えばとうめいのビー玉のようなものを取り出して私に投げた。私は慌てて両手でキャッチして、使用人に木箱を庭に運んでもらった。


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