第一章 〈運〉のエメリーン

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 次に目を覚ますと夜が明けていた。チハルのおくはまだ残っている。もう忘れることはなさそうだ。

 衆人の前で王子にこんやくされたこれからの人生、十七歳のただの世間知らずのエメリーンだったなら、えがたいものになっただろう。しかし別の世界ではあるが、あれこれ経験済みのチハルの記憶がよみがえったことで、なんとかやっていける気がする。

 これも〈運〉なのだろうか?

 ドアがノックされ、「はい」と返事をすると、私の専属メイドがあわてて入ってきた。


「エメリーン様! お加減は?」

「頭痛はまだあるけれど、起き上がれるわ」

「お目覚めになったこと、だん様にご報告してまいります!」


 しばらくしてバタバタと足音を立てて父と母がやってきた。


「エム!」


 母が私をかきいだく。そして私のカールしたくろかみに指を通し、頭をでる。


「ああ……なんてことかしら、あなたがこんな目にうなんて……」


 母のうすむらさきひとみからなみだあふれ、それを見て自分のなさにいたたまれなくなった。


「……お母様、申し訳ありません」

「エムが謝ることなど何もない」


 父がこぶしにぎりしめている。父は美しいグリーンの瞳なのだが、今はいかりなのかつかれなのか、赤い。かみは私と同じしっこくだったのだけど、とうに真っ白だ。まだ若いのに……。


「体調は……どうだ」

「あまりにきんちょうしすぎたんだと思います。でももうこれからは、そんな心配ありませんでしょう? じきに治るかと」

「あなた、すごい熱だったのよ?」


 熱だろうか? そしてこのしつこい頭痛は発熱のせい?

 父が手を私の額に当てる。ひんやりして気持ちよくて……父も母も大好きだ。


「本当に……私のせいで、お父様とお母様とサムにごめいわくをおかけします」


 サム――サミュエルは三つ下の弟で、我が家のあとりだ。今は貴族学校でりょうせいかつをしている。私は王家の方針で貴族学校すら通えず、家庭教師で学ばされた。

 父がだまって首を横にる。その顔を見れば、私を全く責めていないことがわかる。ただ、どうしようもないのうにじんでいた。


「お父様、コンラッド殿でんの発言で、私の〈祝福〉は広くけんしてしまったと考えていいのでしょうか?」

「いや、あまりにとつぜんのことでおどろきが先に立ち、みな、最初の部分は聞き取れなかったようだ。王子が運がないだの不運だのわめいていたからか、その〈運〉が〈祝福〉とは皆聞きのがしている。そもそもそんな〈祝福〉を聞いたことがないから、思いも至らぬのだろう」


 最悪の事態はけられたようだ。しかし貴族としてめいしょうを負ったことに変わりない。


「お父様、私、横になりながらいろいろと考えました。私は国を出られない。でもこの家の負担にもなりたくない。てきれいの男性は皆すでに婚約している。かといってめかけや後妻は考えられない。こんなにかたよった教育しか受けていない身では、商売もできないでしょう?」


 父は黙って視線を落とした。かける言葉もない、というように。


「だから私、領地にもどって修道女になろうと思うのです。それが我が家にとっても、私にとっても、ゆいいつの幸せかと」

「修道女なんて! まだ……まだ十七なのよ!」


 母が目を大きく見開いて私のかたつかみ、何度もさぶった。


「お母様、ごめんなさい。けれど私……正直疲れてしまいました。修道女になり、のんびり、かげながら領地のお手伝いをして生きていきたいなと」

「エム……」

「私の〈運〉は、今後神にささげます」

「国王陛下に……そう願い出てみよう」


 これがとうだとわかっている父は、声をふるわせながらそう言ってくれた。

 一週間もすると、私の体調は元に戻った。たまに前世の記憶がぶり返し、なつかしくてぼーっとしてしまうことがある。そんな様子を見て、私の世話をしてくれるメイドたちは物思いにしずんでいるとかんちがいしている。そうじゃないと否定しても信じてくれない。

 王家からけんされていた家庭教師もパタリと来なくなり、私はこれまでの教材やノートのほとんどを燃やした。前世教師のチハルの記憶と照らし合わせてみて、あまり必要な知識と思えなかったから。

 コンラッド殿下の瞳の色に合わせて作られたブルーのドレスや小物は全部、出入りの商人にはらい、お金を父に返した。王子としての品格とかなんとかで、自分に不相応なほど上質なものを仕立ててもらっていた。本当に申し訳ない。

 父はただ、ありがとう、と受け取った。現実的な父を私は尊敬する。

 しん殿でんに入信する際に持っていけるものは限られている。確かトランクケース一つ分だとか? 私は数枚の下着とひかえめなこげ茶のドレス、洗面用具やさいほう道具と家族のしょうぞうを入れてみた。

 修道服は支給されるし、あとはいざという時のためのお金をこっそりしのばせれば十分だ。

 私の部屋がどんどんガランとしていくのを見て、母がハラハラと泣く。母もせた。


「私がエムを、つうの〈祝福〉で産んであげられればよかったのに……」


 絶対にちがう。私は急いで母の手を両手で包んだ。


「私はお母様とお父様のもとに生まれただけで、何にも代えがたいほどに幸運ですよ?」


 父も母も弟のサムも私を愛してくれている。それはこの世界では……いや、前世の世界であっても、実はかなりのラッキーなのだ。ひょっとしたらそこで〈運〉を使い果たしたのかも? ならば仕方がないと思い、クスッと笑った。


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