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 そうどうからちょうど十日後、王家からお呼び出しがかかった。いよいよだ。

 私が婚約破棄・・・・されるのか、婚約解消・・・・されるのか、それで今後が大きく変わる。

 婚約破棄ならば貴族としての生命をたれ、家ごと貴族社会からつまはじきにされるだろう。

 婚約解消であれば、ある程度のめんぼくが保たれ、これまでこうそくしてきた時間に対するろう金がはらわれ、我が家のていさいも保たれる。

 私の行き先はバルト領の神殿いったくなので、どちらでも変わらないけれど、愛する家族のために願わくば解消であってほしい。

 父と二人で静かにさんだいする。私は婚約者時代とは違い、つめえりかざのないグレーのドレス姿だ。そんな私たちはどうやら待ち構えられていたようで、コソコソとかげぐちたたかれる。父がかたい表情でギュッと手を握ってくれた。


「お父様、このような仕打ちも今日限りです。清々しますね」

「ああ……本当だな」


 父が苦笑いしてあいづちを打った。

 王の私的なこぢんまりした応接室に案内された。すすめられても二人して座らず、しばらく待っているとガチャリとドアが開き、さっそく陛下がやってきた。今日はメガネ姿だ。

 私と父は作法どおりに陛下にあいさつする。


「バルトはくしゃく、エム、今日ばかりは……かたくるしい挨拶などいらぬ。座ってくれ」


 私は父が座ったのをかくにんして、となりこしを下ろした。

 実は陛下とは、これまでも年に数回は会ってきた。コンラッド殿下とのお茶会や、きさき教育でこの王宮に出向いている時にぶらりとやってきて―― 殿下がいなくても――「元気かな?」とニコニコと挨拶してくるのだ。

 それはむすの婚約者を大事にしようという態度にも見えたけれど、突然来られても何を話せばいいのかわからず、ただただきょうしゅくし頭を下げ続ける時間だった。

 そんな私に陛下はおこることもなく、私の頭を撫で、何度もあくしゅしてげんよさそうに帰っていったものだ。陛下の訪問のあとは、教師じんの私への当たりがソフトになることだけはありがたかった。


「エム、バルト伯爵にはすでに話したのだが……今回のバカ息子の件、悪かった。余は今でもエムをむすめにしたいと思っている。だがさすがに……もう心がはなれてしまっただろう?」

「…………」


 なんと答えろと? 表情を変えないために、親指のつめを人差し指の腹にてる。


「婚約解消としよう。バルト伯爵家のこれまでの忠義、感謝する」


 解消だ……胸を撫で下ろす。頭を上げると陛下と目が合った。発言をうながされているのだ。


「……国王陛下の温情、まことにありがとうございます。今後は領地バルトの神殿に身を寄せ、陛下の御代の永久の平安を、私の〈祝福〉全てをもっていのって生きてまいります」


 国を出ず、〈運〉を最大限に使って祈りますという提案だ。これに文句は言えないだろう。


「エム、いや、エメリーンじょう…………出家することには賛成できん」

「は?」


 思わずおかしな声が飛び出してしまった。

 婚約解消されたのだ。私がどこに向かうかは家長たる父が決めること。陛下に口をはさまれるいわれはない。散々傷つけられたあげくにじょうもしたのになぜそんなことを?


「陛下、おそれながら娘は余生を領地の小さな神殿で、身寄りのない子どもたちの世話をしながら、ただ静かに過ごしたいと願っているだけでございます。先日はごなっとくいただけたと思いますが」

「その案はきゃっだ。そうめいなエメリーン嬢には余のと婚約してもらいたい」

「「婚約?」」


 想像もしなかった言葉に私は開いた口がふさがらない。自分の息子と婚約解消させたばかりなのに、直後に婚約ってどういうつもり? 一人どろをかぶって出家すると言っているのにどうしてダメなの? 一体どんなおもわくがあるの? ……恐ろしい。

 隣を見ると、父もぜんとしている。すると陛下は後ろに振り向き、軽く手を上げた。


「入れ」


 陛下が入室を許可すると、衛兵がドアを開けた。

 そこにはおおがらの、肩までのあかき髪を無造作に後ろに流した男が立っていて、頭を軽く下げてドアわくをくぐるように入ってきた。


「「!!」」


 目が合った敵を燃やすと言われる紅い瞳、ほおにバッサリと入った刀傷。先日の私にしゅうぶんを残したパーティーの本物の主役。どんなに世事にうとい生活を送っていた私でも知っている、今日の平和を作った立役者で……私の恩人。


「ランスロット・アラバスター将軍閣下……」


 最高位の黒の軍服をまとったせんじんが、ものげな表情で私を見下ろしていた。

 出会ったあの日、私の体調は最悪で、すぐにマントの下に入ってしまったので、こうして正面から至近きょでお顔を拝見するのは初めてだ。なんというか強さとげんをぎゅっとめ込んだ、堂々たる風格がある。そのような閣下がなぜここに?


「エメリーン嬢、我が国のえいゆうに、そのほうの〈祝福〉をさずけてやってくれ」


 思わぬ事態にますます混乱していると、閣下は私たちの正面に静かに腰を下ろした。

 大の大人が四人もいるというのに、応接室はしばらく無言だった。時計の針の音だけがカチコチとひびく。

 やがて、私の頭が最悪の仮定をはじき出し、しょうそうが、じわじわと押し寄せた。

 ここで言わなければ、今後発言する機会などない。私は勇気をかき集めて口を開いた。


「恐れながら、私の〈祝福〉などあてにならないと王子殿下がおっしゃったのを、覚えていらっしゃるでしょうか。私自身そう思います。私などが将軍閣下に〈祝福〉のおんけいあたえられるわけがないのです。今や英雄と呼ばれる閣下に私のようなキズモノではなのない女を押しつけては、陛下の御名も閣下の御名もけがすことにしかなりません。英雄には、もっとうるわしい方が相応ふさわしいかと」


 将軍閣下との婚約をあっせんされる理由は私の〈祝福〉、〈運〉目当てだと予想がつく。

 将軍に必要な〈運〉とは? もちろん勝負運だろう。それもカードゲームやちょっとしたごとの勝ち運じゃない。戦争において勝利をもぎ取る運だ。

 私自身、この〈祝福〉の効果を実感したことなどないのに、私をめとったことで、今後閣下がおもむく戦争は連戦連勝になることが決定こうだと考えられているとしたら? ぞっとする。敗戦した時は、私の一族全員が罪人として殺されるのでは?

 私の言葉に隣の父が苦しげに顔をゆがめたが、おだやかな言葉を選ぶゆうなんてなかった。


「エメリーン嬢……おまえは決してキズモノなどではない」


 陛下はいまさら何を言ってるの? あの祝賀会には、国内のほぼ全ての貴族とえいきょう力のある平民がそろっていたことを忘れたのだろうか?

 そんないらちを、私は顔に出してしまったのかもしれない。陛下は私にいっしゅんあわれみの表情を向け……すぐさま表情を、せいしゃのものに変えた。


「バルト伯爵令嬢エメリーン、これは王命だ。騎士ランスロットを良く支えよ」


 王命……。

 父が静かに頭を下げた。私もならうしかない。


「私と伯爵は席を外す。当事者同士、とりあえず少し話すように」


 陛下が私のほうを見ることなくスタスタと退出する。父は私の手をギュッと握りしめてから、陛下のあとに続いた。

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