1-3

 

 私と将軍閣下、二人だけ残された。

 王宮のロボットみたいなメイドがのない動きで温かいお茶をれ、目の前できゅうして下がる。


「顔を上げてほしい」


 低く、かすれた声がした。私はいつの間にか自分の指先に視線を落としていて、不快にさせてしまったのかもしれない。

 ゆっくりと頭を起こし、英雄の顔を見る。先ほどの私と陛下の会話を、まゆ一つ動かさずに聞いていた。騎士らしくあまり感情を外に出さないお方のようだ。

 確かセルビアと出会って、閣下もがおを取り戻すと聞いたような―― と考えて、息をむ。閣下も〈ホンキミ〉の登場人物だったかもしれない。

 しかし今は面談の真っ最中。前世を思い出している場合ではない。右手を胸に当てて気持ちを立てなおす。とにかく正直に私の思いを伝えよう。


「あの、先日は助けていただきありがとうございました。体調はこのようにすっかり良くなりました」

「役に立ったならよかったよ」


 閣下はあんなめんどうな目に遭ったというのに、なんてことないようにそう言ってくれた。

 こんな人格者の閣下に、私のようななんのとりえもないむすめをあてがうなんて……。


「申し訳、ありません」

「何に謝っている?」


 閣下はいぶかしげにけんしわを寄せた。


「私のような不良さいけんを押しつけられたこと、に対してです」

「フリョウサイケン?」


 ああ、こちらの言葉ではなかったか。


「ええと、やっかいな、捨てられない借金、燃えないゴミ? というような意味です」

「ゴホゴホゴホッ……」


 お茶を飲んでいた閣下が思いっきりせた。


「ゴミなどと……なんてことを。君がゴミだとしたら、私はこれまでゴミのために命がけで戦ってきたことになる。そのようなこと、二度と言うな」


 怒らせてしまった。閣下は国民のために、けんを取りほう使して戦ってきたのだ。私もそんな国民の一人。深く考えもせず口にした私が悪い。

 そしておやさしい。そりゃあそうだ。これほど若くして人の上に立つ人物なのだ。ますます気の毒になる。


「重ね重ね申し訳ございません」


 私は深々と頭を下げた。


「おい……ああ、くそっ! もういい! 頭を上げてくれ!」


 体を起こすと、閣下が目をつぶり、てんじょうを見上げている。 

 ……困らせている。いっそ、もうしゅっぽんしてしまおうか。先日準備したトランクを持って。

 両親も、尊敬する将軍閣下が私とけっこんすることで不幸になるよりは、バルト領をつぶされたほうがマシだと思ってくれるだろう。私の〈祝福〉を利用しようと振り回す、私にとっては頭の痛い存在でしかない陛下だけど、けんおうというもっぱらの評判だ。きっとらしい領主があてがわれて領民に迷惑はかからないはず。

 一番がいに遭うのは――


「サムか……」

「サムとは?」


 つい口に出していたようだ。


「弟です。今学校で勉強しております」

「そうか」


 閣下がふうーっと息をき、ひざの上で両手を握り合わせ、静かに話し出した。


「エメリーン嬢」

「どうぞ、呼び捨てにしてください」

「……ではエメリーン、君はその、先日も思ったのだが……私が恐ろしくないのか?」

「え? あの、尊敬しておりますが」


 救国の英雄だもの。家族全員で感謝しているし、弟サムに至っては、すうはいの域だ。そんな閣下の晴れたいだった戦勝祝賀会を、私が台無しにしてしまったのだと思うと情けなく、るばかりだが、なんとか真っすぐに目を見てうなずいた。


「恐ろしくはないのか?」


 二度も聞かれた。閣下の言葉は、深刻な様子だから何一つ聞き逃していないはずなのだけれど、さっぱり読めない。


「……すみません、あの、何か恐ろしいことが起こるのでしょうか?」

「わ、私の見てくれ・・・・がだ!」


 見てくれ? 容姿ってこと? そう言われたら、まじまじと見てしまうのはしょうがないだろう。

 背が高く、おそらくバランスよく筋肉がついていると思われる体は、給食の牛乳にプロテインを混ぜて飲んでいた、野球部のもんだったかつてのどうりょうみたいだ。

 頰や首筋にのぞく傷はヤンチャな教え子を思い出す。真っ赤な髪はほのおのようで、れんの瞳はさっきも思ったけれど美しいし、そのんだかがやきは誠実さを表しているようだ。

 閣下がいつの間にか、少し赤くなっている。窓を開けたほうがいいかしら。


「閣下のお姿は、大変お強そうでたのもしいなあと思います。あの日も私をひょいっとき上げてくださって、子どもに戻った気分で実は楽しかったです。安心感こそあれ恐ろしくなどありません。だって、その大きな手で私たちを守ってくださってきたのですもの」

「やはりこわがっていない……か。エメリーン、私は長いこと軍にいるから、ってばかりで……しかめっつらだからか周囲にけむたがられている。か弱い女性にかける言葉などわからない。これからも、期待しないでくれ」


 閣下は最初に心配事はカミングアウトして、うれいをなくすタイプのようだ。閣下が社交に出るひまがなかったことくらいわかっている。私だってなんきんされていたから似たようなものだ。


「わかりました。ならば、私のことも出来の悪い部下と思ってくだされば結構です。どうぞ気楽にお話しください」


 本当に閣下と婚約し結婚するのなら、閣下にご飯を食べさせてもらうということで、ならば部下みたいなものだ。軍の部下のみなさまと違って役に立ちそうにないけれど。

 そんなことを思い、自分にクスッと笑うと、閣下はかくを決めたように一つ頷いた。


「そうだな……どう取りつくろおうと……では単刀直入に言う。君は……私が君を国王陛下から押しつけられたと思っているんだろうが……実際は逆だ」


 言ってる意味がまたわからなくなって、私は頭を横に少しかたむけた。


「君の……〈祝福〉について、悪いのだが国王陛下に聞いている」

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