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 ひゅっと息を吞む。予想はしていたけれど、やはり私の〈祝福〉をあてにしているの?

 ダメだ! 私に戦争勝利の責任など取れない。それに私を得たことで勝利を確信して戦地に立って、目の前のこのお方が命を失うことになったら? 閣下はこれまで何万という人を救ってきた。私の何倍も価値のある人がそんな目に遭っていいはずがない。


「閣下、私の〈祝福〉は本当に期待してはなりません。閣下もあの場におられたはず。コンラッド殿下のなげきを聞いたでしょう? 私の〈運〉は結局何ももたらさないのです」

「もたらさないのであれば、それでいい! それだけでもいい!」

「であれば、ますます私である必要はないです! 閣下、悪いことは言いません、このえんぐみをお断りください。私なんて閣下に相応しくありません。閣下から言い出せば、陛下もおそらく……」

「私が、陛下にエメリーンの話を聞いて、にもと願い出たのだ。今回の戦果のほうしょうとして、是非エメリーン嬢を妻にと! 次の戦争のことなど頭にかんだこともない」

「……どうして?」


 英雄が褒賞として願えば、ちまたで国一番の美女とうたわれる王家の血を引くごれいじょうも手に入ったはず。こんわくする私をじっと見つめ、閣下はゆっくりと告げた。


「私の〈祝福〉は〈死〉だ」


 そのしゅんかん―― 時が止まったと思う。私はなんの言葉も出せず……つばを飲み込んだ。

〈死〉の〈祝福〉? 聞いたことがない。そんな〈祝福〉、ありなの?

 身じろぐこともできずぼうぜんとしていると、閣下はさびしげに笑った。


「私は……死神なんだよ。私の本当の両親は神殿での〈祝福の〉その日に私を捨てた。まつあつかうのも恐ろしいと神殿から国に報告され、陛下のとりなしで軍の将軍を務めるこうしゃく閣下の養子となった。父はごうな人でね、私を実の息子とそんしょくなく厳しくも温かく育ててくれた。そんな父を見て育ち、自然と家業ともいえる軍人になった。そうすることで父や兄たちに恩を返せると思った」


 そばにいるだけで実親から死を招くと恐れられた? 〈死〉を持っているから死を恐れないとでも思われた? それとも相手に死をもたらす働きをすることが〈祝福〉だとか思わされた? 何もわかってない幼い子どもに?

 こんな、わけわからん〈祝福〉ありえない。私といい勝負、いやそれ以上だ。

 でも、閣下がそのわけわからん〈祝福〉にほんろうされ、利用され、飼い殺されていたことがたやすく想像できる。私と全くいっしょだから。いかにアラバスター公爵家の人間になったとはいえ、王家の意向には逆らえない。


「戦争に出れば、どんなに大をしようとなんとかせいかんする。どうせ死ぬのだと捨て身のおかげなのか、死神の自分は死なぬものなのか。まあそのせいで顔も体も傷だらけで……部下はこの人相に震え上がる」


 死神? そんなバカなことを言う人がいるの? 死ぬほどの大怪我? 前世でされたあの痛みを、この人は何度も負いながら黙ってずっと耐えているの?


「さすがに結婚する相手に、おのれの〈祝福〉をかくすわけにはいかないだろう? だれが死神と呼ばれる男を夫に持ちたいと思う? 私は君ならば、君の〈運〉が王子の言うように何ももたらさない……私の〈死〉の影響も受けないのなら、それはそれで逆に素晴らしいと。さらに、もしかして君の〈運〉が働いて、私の〈死〉が中和されれば……最善だと……」


 つまり、国一番強く大きなこの男性は、私を利用しようとしているということだ。でも、誰よりも確かに私を必要としている……切実に。だから怒る気になどならない。


「浅ましいだろう? こくなことを言っている自覚はある。謝って済むものなら何度でも謝ろう。ひょっとしたら私の〈祝福〉が君にあくえいきょうおよぼす恐れもある。その時や、一定期間が過ぎたら君の気持ちに沿う判断を下そう。君をいつまでも無理やりに縛しばり続けようというつもりはないんだ。でも私は……この先君とにんさんきゃくで生きていければと願っている。とにかく、二週間後私は退たいえきし、東の守護のためへんきょうはくとなるべく旅立つ。君も帯同だ。準備しておくように」


 ぶっきらぼうにそう言い放った閣下は、なんと不器用で……なんて誠実なしょうぶんなのだろう。閣下は私ごときに苦しい事情をここまでせきららに語らなくてもよい立場なのだ。

 でも、婚約するからには正直であることが誠意だと思ったのだろう。あとあと他人から聞かされるくらいなら、自分が最初に伝えたほうががないし、にくみたければ自分だけを憎め、とでも考えている気がする。

 ああ……そんな閣下の気持ちが、痛いほどわかってしまう。まるで鏡を見ているように。

 きっと私と同じく望まぬ〈祝福持ち〉のせいで、他人に勝手な印象を植えつけられ、人生を翻弄され続けた結果、すっかり投げやりになってしまっているのだ。もはや人の思惑どおりに流されながらしか生きていけないというていかんが、言葉のはしばしからうかがえた。

 しかし、そんな閣下が行動を起こし、私を手に入れようとしている。それは本流からあがいたということでは? おくびょうな私にできなかった勇気を感じ、胸にジンとみる。

 閣下はひととおり話し終えると、くつに笑った。今度は私が……しんけんに返事をする番だ。

 閣下は私の〈運〉で形勢逆転を願っている。どうせキズモノになって行き場のなくなった人生だ。この婚約に、乗ってみたっていいんじゃない?

 この時点ですっかり同志の気持ちがき起こってしまったし。私をそばに置くことで、閣下に少しでも平安がおとずれるのなら、助けになりたい。

 それに残念ながら思惑どおりにいかなかったとしても、行動したという事実が大事だとチハルの記憶が言っている。というか、動かなかったらこうかいするのが目に見えているよね。

 腹が決まった。前世でしていたように、目の前の苦しんでいる人にかける言葉を経験の中からしんちょうさぐり出し、感情的に聞こえないように努めて口を開いた。


「閣下、ご存じですか?」

「……なんだ」


 うつむいていた閣下が無表情に顔を上げた。

「〈死〉だけが、男も女も、王もれいも、金持ちにもびんぼうにんにも、差別なく訪れる、平等・・なのです」


 前世、祖父のそうそうりょがそう言って遺族の私たちをなぐさめた。誰もが持つ定めだと。


「…………」

「ゆえに、閣下の〈祝福〉は至って平凡・・です」


 私があえてたんたんとそう伝えると、閣下は目を大きく見開いた。

 そして目を閉じて、眉間を指先で押さえ数秒……再び私を見た時、閣下の紅い瞳は少しうるんでいて、ギラリと光った。

 先ほどまでの未来をあきらめていた目とは大違いだ。閣下は死神ではない。生きて・・・いる。


「私……いや、俺のことはランスと呼んでくれ」


 真っすぐな、生気に満ちた視線でかれた。そのはくりょくに、しゃぶるいする。


「では私のことはエム、と」


 ランス様が私に手を差し出した。私は自らの意思でその手を取り、握手した。ランス様の手は硬く、傷だらけだったけれど、誰よりもふわりと優しい握り方だった。


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