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 ランスロット・アラバスター将軍閣下は軍を退役すると同時に新しく辺境伯位をけいしょうし、東の辺境である新天地キアラリー領に赴くことが正式ににんしょうされた。ランス様はランスロット・キアラリー辺境伯になった。

 そしてキアラリー辺境伯じんとなる予定の私も最初から帯同する。一緒に領地に入ったほうがみやすいだろうという理由だ。

 本音では新たな領地は遠く、そこを不在にしてそう簡単に私をむかえに来られない立場であることと、一分一秒でも早く私の〈祝福〉で、ランス様の〈祝福〉を少しでも中和してほしいといったところだろう。

 お役に立てるかみょうだけれど、ランス様がそう信じていらっしゃるのなら応えよう。

 信じる者は救われると前世の格言にもあった。

 時間がない、ちょくめいだったから! を理由に王族や貴族の間では慣例となっている神殿での婚約式は行わなかった。

 コンラッド殿下との婚約解消からあまりに時を置かない二度目の婚約は、しょせん快く祝ってもらえそうにない。それに私とランス様の婚約はいっぱん的な夢いっぱいのものではないし、そもそも私もランス様も微妙な〈祝福〉を持つ者同士、神殿で神に誓いを立てることに複雑な思いを持っている。だから問題ない。

 ただ、しきを省くことに父はいきどおり母は泣いたので、その点だけ少し後悔した。そうこうしていると日にちがち、私は一つとしをとり十八歳になった。旅立ちにいいねんれいだと思う。

 キアラリー領に向かう前夜、父と向かい合った。


「エム……このこんいん、本当に納得しているのか? こんな……王子でダメなら次、というやり方を!」


 父が膝の上に置いた拳を震わせている。父は感情を表に出さず、一見上からの力にイエスマンに見えるけれど、本当は誰よりも家族を思い、自分に対して不甲斐ないと腹を立てている。私が生まれてからずっとかっとうの中にいる父を私は当然愛している。

 私だって王家のやり方には全く納得していない。でも……。


「ランス様も……ご自身の〈祝福〉の被害者なのです」


 この程度なら話してもいいだろう。父は誰にも漏らさない。

 私の言葉に父は大きく目を見張り、背もたれにドッと背を預けた。


「そうなのか……あれほどのめぐまれた才覚を持ちながら……そういうことか……」

「私、ランス様が〈祝福〉から自由になるまでは、同志として支えてみようと思います」


 私たちは、私の〈運〉という〈祝福〉を利用したい、王命の契約結婚だ。しかし、ランス様の立場には大いに同情するし、私の〈祝福〉はひょっとしたらランス様の〈祝福〉を軽減できるかもしれない。

 それが無理だとしても、私は前世の記憶があることもあってランス様の〈死〉に怯えない。自分の〈祝福〉を包み隠さず話せる人間がそばにいることは、少しでもランス様の気持ちを軽くできるのではないだろうか?


「〈祝福〉から自由になど、なるのか?」


 ランス様の〈死〉も、いつかランス様が恋をして、その相手が〈死〉が誰もに共通する普通のことであると理解してくれればこくふくされて、私はお役めんだろう。


「私は、その時こそ入信する予定です」


 私は父に伝えるために言葉にする作業を通じて、自分のこれからの道筋を決めた。

 全てを聞いた父は、なぜか眉間に皺を寄せ、首をひねりながら手元のウイスキーを一口飲んだ。


「ばかな……。男の目で見れば、甘いぞエム。将軍までのぼり詰めた男がたやすく自分のものを手放すわけがない」

「お父様、閣下はやむなく私を手に入れたのですよ?」

「……そうは見えんが……まあいい。困ったことがあればいつでも、ここでも神殿にでも戻るがいい。私が死んでもサムにきちんと申し送る」

「ありがとう。お父様」


 でも、未来に何が起こるかはわからない。このバルト伯爵家に戻れないことも考えて、自立できる力も手に入れるべきだろう。そう思い、父に見えないテーブルの下で、ぎゅっと拳を握りしめた。



*****



「エムの荷物はそれだけなのか?」


 出発の朝、私の例のトランクケースを見て、旅装姿のランス様が首をかしげた。


「足りないものは、あちらで揃えます」


 国王陛下がおおやけのものと別にしゃりょうという裏金をくださった。ありがたくいただき、父はそれを全額私に持たせた。散財する予定はないけれど、おんな私とランス様の未来に保険は多いにしたことはない。

 ちなみにその多額の現金と宝石は、我が家の家宝であるマジックバッグに入っている。

 無限収納かつバルト家の血族しか使えないしろもの。これもビー玉のご先祖様の発明品だ。いずれサムの子どもに伝えると決めて、お借りした。


「それだけならば……馬で行くか。そのほうが断然早く辿たどく」


 ランス様は簡素なベージュのドレス姿の私をひょいっと片方の腕で持ち上げ、縦抱きにする。アラバスター公爵家のもんしょうとびらに入ったじゅうこうな馬車をどおりし、大きく立派な黒馬のあぶみに足を引っかけてひらりと乗った。


「きゃあ!」


 ランス様は私のトランクをきんぱつの部下の男に投げてわたし、言い放つ。


「馬車は不要だった。返してくれ」


 自分のひだりあしの上に私のおしりを乗せ横抱きにし、ご自身のマントを私ごと包み込むように前に回して肩でめた。左手を私の腰に回し、ガッチリ支える。


「ランスロット様! ご令嬢が馬での旅など無理です。どれだけ遠いかわかってますか!」


 そう言いながらも、金髪の方は私のトランクをくりの馬にくくりつけてくれている。


「急がねば隙を作る。無理な時は宿を取る。エム、このうるさいのが俺の副官でダグラスだ。そして、後ろのメガネがロニー、茶色のちょうはつがワイアット、この三人が俺の側近だ」


 今回の旅は総勢この五名のようだ。


「ダグラス様、ロニー様、ワイアット様、エメリーンと申します。至らないところばかりですが、よろしくお願いいたします」

「よろしくお願いします」


 と、美しい金髪を耳にかけ、灰色の瞳をせるダグラス様。


「ご婚約おめでとうございます」


 と、一応祝いを口にするメガネに黒髪のロニー様。

 黙って頭を下げる茶色の髪がけんこうこつに届く、大柄なワイアット様。

 残念ながら、私はあまり好意を持たれていないようだ。まあ仕方ない。これはどう見ても足手まといだ。


「ランス様、あの、お急ぎの移動であれば、私など置いていってくださいませ。後ほど我が家の馬車でゆっくり追いかけます」


 首を後ろにひねり、ランス様のあごに向かってそう言うと、上からギロリとにらまれた。


「だめだ。おうえ、エメリーンは私が命に代えても守りますのでご安心を。では!」

「あ、ああ」

「お父様、お母様、行ってまいります……きゃあ!」


 生まれてからずっと王家によって閉じ込められ、私の世界の全てだった我が家が、あっという間に遠ざかった。

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