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「さて」


 私は庭のかげにあるテーブルセットに落ち着いて、手紙を一通取り出し、その上に先ほどのビー玉を置く。すると赤に色が変わった。

 この魔道具は私の四代前のご先祖様が制作したものだ。おそらく〈開発〉とかそういった〈祝福持ち〉だったのだろう。その才によっておおもうけする道もあったはずだが、うしだてのない伯爵家が派手なことをすれば潰されるとわかっていたので、一族が地味に、平和に過ごすための道具作りに特化し、今でも子孫を助けてくれる。


「最初っから危険物?」


 ビー玉が赤く変わるのは「けいかいせよ」の意味だ。もののろいが仕込まれているのかもしれない。


「もういや

「何が嫌なんだ?」


 顔を上げると軍服の上着をうでにかけ、シャツ姿のランス様が立っていた。仕事帰りに立ち寄ったようだ。こうして格上の婚約者がさきれなしにやってくることにも慣れてしまった。きっと予定は立てられないけれど、少しでも顔を出すことで、真剣にこの婚約を考えていると伝えたいという善意だろう。

 テーブルの上の手紙に目を落とし、私をチラリと見る。私が右手でどうぞとジェスチャーすると、ランス様は一通摑んでふうを切り、便せんに目を通した。


「……伯爵家の分際で公爵家と婚約とは、なんと身のほど知らずな、か。こんな嫌がらせを受けていたとは。さっきゅうに対処しよう」

「ランス様、火に油を注ぐことになりますのでほっといてください。皆様ランス様が好きだから、やっかまれるのは仕方ないことです」


 いわゆる有名税というやつだ。大人しく話題が下火になるのを待つしかないと思う。


「エム、前にも言ったが私は女性からおびえられている。好かれているなどありえない」

「それにしてはこのおくものの量はじんじょうじゃないですよ。モテる婚約者を持つとこんな事態になるのですね」


 私としてはちょっとじょうだんを言って場を軽くしたかったのだが、ランス様はがくぜんとした顔になった。


「俺は全くモテないし、今後万が一粉をかけられることがあっても、エムがいるのに不誠実なことはしない。俺はエム一筋だ。この剣にちかってもいい!」

「え? そんな簡単に誓っちゃだめですよ」


 軍を束ねる将軍が騎士の誓いをするのは国王だけでは? それにしても、ランス様は随分と真面目な性格のようだ。


「ランス様は本当はなのですね。私が相手の時は気安い言葉でだいじょうです」


 私がビー玉を使って危険物をよりわけながらそう言うと、ランス様はため息をついた。


あらくれものをまとめるにはお上品な言葉など使ってられなくて。そう言ってもらえると助かる。でもかいな時はすぐに言ってくれ。エムにきらわれたくは……妻とはい関係を作っていきたいんだ」

「はい!」


 いくらけいやくの相手でも、婚約者という立場を尊重するために、しんらい関係を一つずつ確認しながら作っていこうという姿勢がうれしくて、笑って返事をした。するとランス様はなぜか息を吞んだ。


「……ところで、早めに仕事が終わったから一緒に出かけようと思って来たんだ。差し出し人が書いてないものは全て燃やしてしまえ」


 確かに、これまでのところまともな手紙には全て名前が書いてあった。


「でも、呪いのアイテムなどが入っているかもしれません」

「俺に呪いは効かない」

「は?」


 何度も戦いに出るうちに気がついたそうだ。これはランス様の例の〈祝福〉に関連するの? ただの慣れ? 誰にもわからない。

 結局ランス様は我が家の庭のすみにそれらをうずたかく積み上げ、手のひらからゴオッと炎を出し、燃えカスも出ないほどの高温で焼き尽くした。


「ランス様! すごいー!」


 私は初めて見た、ザ・魔法に両手を握りしめて感動した! 屋敷で軟禁状態だったために、ここまであざやかな魔法を見る機会などなかったのだ。

 前世と違ってこの世界には魔法や呪いが存在する。しかし文明の進化によってそれらはゆっくりとすい退たいし、今では魔法を使える人間は五人に一人くらいだろうか? さらにここまでのりょくせいぎょできる人など、国に数人だろう。

 ちなみに使える魔法は〈祝福〉と何かしらえんのあるものと言われている。

 ランス様の手のひらをびしてじっくりと見つめる。ミラクルだ。


「なんでこの手から火が出るんでしょう……大きくて厚いからかしら」


 などとあれこれ検証していると、不意に〈ホンキミ〉の記憶が蘇った。

 エメリーンにも一つだけ使える魔法があった……。かんだけど、この現実でもおそらく使える。

 私の魔法の存在は、まだ王家にも誰にもバレていない。いずれどこかで慎重にためしてみなくては……これは私の生き残りの切り札になる。

 そんなことを考えていると、ランス様の大きな手のひらが、そっと私の頭を撫でた。ハーフアップにっている赤いリボンにもそっとれる。一応ランス様の色を取り入れてみようと、彼の髪色と似た色合いのものを探してこうにゅうしたのだ。


「怒りに任せてまあまあのごうだったが……エムは本当に俺の何を見ても怖がらないな」


 火はもちろん怖いけれど、ランス様がかんぺきあやつる火が危険なはずがない。それに……。


「本当に怖いことを知っているからでしょうか?」


 つい、ここではない遠い、記憶の彼方かなたを見つめてそう言った。


「たとえば?」

「……子どもをアザができるほどなぐる親、とか?」

「……なるほど」


 それから私はランス様にエスコートされ、公園に連れていってもらった。私たちはまだ探り探りで会話がはずむということはないけれど、ちんもくまりなものではなく、穏やかな時間を過ごせた。

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