2-5


 二十メートルほど進み、直径三十センチくらいのすぎの幹を見つけて立ち止まり、今一度耳をまし周囲の気配をさぐる。誰もいない。

 私はみぎうでを前にし、人差し指を伸ばして手をけんじゅうの形にした。


「バン!」


 小さく唱える。ボスッと案外重い音がして、幹に丸い穴があき、かんつうしていた。


「本当に、使えた……」


 おそらく世界で私だけのこの魔法は〈空気じゅう〉。人差し指で狙いを定め、「バン!」と唱えれば発動する。百発百中だ。たま数は私のりょくきるまで。

 しかし、当たることは当たるのだが……りょくが〈運〉任せなのだ。岩をもくだくパワーでち抜いたかと思えば、風がそよりといただけのような、情けない威力のこともある。

 今度は声を出さず、心の中で念じて弾を放つマネをした。シュッと空気が鳴り、先ほどの幹から木くずがパラパラと舞う。残念ながら貫通しなかった。


だまってても撃てるのがわかってよかった。さすがにいい大人が恥ずかしいもの」


 それに、ひ弱な私がこんな魔法を使う場面はピンチの時くらいだ。この魔法を秘密にしていれば、相手の裏をかけるはず。

 とにかくいざという時に使えるわざが自分にあるとわかり、心底ほっとしながら、だんこんを確認しようと杉の木に向かって歩くと、ガクンと力が抜け、ひざから地面に崩れ落ちた。


「っ……まさか私ってば、たった二発で魔力切れなの?」


 はこむすめの私は想像以上に体力も魔力もなかった。今のままでは全く使い物にならない。

 頭上でカラスがカアカアと鳴き、どこに帰っていく。いつの間にか空があかねいろになっていた。私はその場から二カ所の弾痕を眺め、ゆっくりと立ち上がり小川のほうへ歩き始めた。


「ははっ、これじゃ、いざという時に使えたとしても、れないじゃない……」


 そもそも領主夫人は領民を守るのが役目なのだから、足手まといになるわけにはいかないのに。

 最低限、魔法で時間をかせいで逃げられるくらいに体力も魔力もきたえなければ。

 そういえば、〈ホンキミ〉では〈祝福〉とはこの世界の人間一人につき一人、実体はないものの寄りっている守護せいれいの気質を表す言葉がかぶ、という裏設定だったことを、魔法を使ったからか、思い出した。

 ヒロインのセルビアには自分の精霊が見えてビックリ、という展開もあったっけ。〈てんしんらんまん〉気質な精霊と天真爛漫なセルビアがおしゃべりする姿って……どうなのかしら。

 ランス様の見事な火魔法も、彼の守護精霊がお手伝いしているのかもしれない。


「つまりこの〈空気銃〉も、〈ホンキミ〉的には私の精霊様の気質えんってことよね。ありがとう、私の〈運〉の精霊様」


 私に切り札を与えてくれて。




 小川で体を拭き上げ、馬たちのもとに戻るころには日が傾き、森はうすぐらくなっていた。ほどなく「エムー!」という声がして、ランス様がむかえに来た。


「エム、準備が整った。おいで」

「この子たちは?」

「ここにいて大丈夫だ。つないでいるし、川で水も飲める」

「そっかあ。かしこいのねぇ、おやすみ」


 馬たちがヒンッと挨拶してくれたのでふふっと笑い、ランス様に向かって足をみ出した。するとランス様は眉間に皺を寄せ、さっと私を抱き上げ、元来た道を戻り始めた。


「歩けますけど?」

「足を引きずってるじゃないか。一体どうした?」


 ランス様のどうさつ力にはびっくりだ。


「ええと、実は転んでしまって」


 魔法を使いスタミナ切れしたことは、もちろんかくす。


「え? 大丈夫か? ひねってはいないんだな。戻ったら消毒しなければ。はあ、やっぱりそんな靴では……エムはブーツが手に入るまで、森で歩くのを禁止だ」


 ひだりうでに乗せられていた私の腰に、労るように右手が添えられた。


「えー、ランス様、大げさですよ」

「反論は許さない」


 野営地に戻ると、大きなたき火の周りで干し肉があぶられ、今朝調達したパンやドライフルーツが並んでいた。

 やわらかい毛布が一枚敷いてあり、私はそこにそっと降ろされ、怖い顔をしたランス様が血のにじんだ私の膝にたっぷり消毒液を振りかけた。とてもみたけれど、ランス様のほうが痛そうな顔をしていたので気合いでまんした。

 ランス様が「よし食べるぞ」と合図すると、皆、火を囲むように腰を下ろした。

 目の前に置かれたコップにはかしたてのお湯が入っている。野営の時はお酒は飲まないようだ。


「皆様、お湯ではなくて、お茶にしましょうか?」

「お茶を持参されているのですか?」


 私は自分の荷物から、バルト伯爵家ブレンドのお茶と自作のうすがみで作ったティーバッグを取り出して、それぞれのコップに入れる。ぴったり数が足りてよかった。


「すごい……けいたいのお茶ですか」


 ロニー様が喜びの声をあげた。家族以外にめられることなどめったにないので、嬉しくて、ついニコニコしてしまう。私も一口飲めば馴染みのかんきつの香りにホッとした。


「エム、食べよう。何が欲しい?」

「先ほどからとてもいいにおいがしてますもの。お肉に決まってます。あとパンも一つ」


 ランス様が熱さをものともせずで取り、フキの葉の皿に乗せる。それを私に渡すと自分の分も取り分けて、隣にどかっと座った。

 ほのおに照らされ、ランス様のかみがますます紅くきらめいている。まるで炎の王様のようだ、なんてメルヘンなことを思った。


「ありがとうございます。いただきます!」


 遠慮なくお肉にパクッとかぶりついた。うん、おいしい……おいしいか? あれ? 筋もなく柔らかいけれど、味がしない……これでは元の味気ない生活にぎゃくもどりだ!

 私は再び立ち上がり、荷物から最初の宿のシェフにもらったスパイスソルトを出す。お肉に一振りし、改めて手を合わせ食べた。


「うわぁ、やっぱりおいしい~!」


 もぐもぐと食べていると四組の視線が私に突きさっていることに、おくればせながら気がついた。慌ててスパイスソルトをランス様にわたし、


「皆様、こちら、最初の宿のシェフからごこうでいただいた調味料です。お試しください。そしてランス様、おいしければ次回シェフに声をかけてあげてくださいね」


 私はそう言って、いそいそと食事に戻った。

 スパイスソルトは貰ってきて大正解だった。ダグラス様はパンにもたっぷり振りかけていた。今度王都に用事がある時には再びあの宿に寄って、お礼を言って追加で買ってほしいとお願いすると、四人とも「任せとけ!」とばかりに親指を上げてくれた。

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