2-7


「は? 誰を?」

『だからエムのダーリンの根暗な精霊?』

「根暗? え? 呼べるの?」

『できるも何もこんだけダーリンとピッタリくっついてりゃ、ここにいるよ。ねえちょっと! エムが会いたいって!』


 その途端、ラックの横に光が集約され、はじけた!

 するとそこに手のひらサイズの真っ赤な髪が炎を模して見える、金の瞳の少年っぽい精霊? が現れて、私をギロリと睨んでいる。そのふん、実に馴染み深い。


「なんだか……ランス様に似てる。髪の毛も表情も」

『守護精霊の髪は守護するヒトに貰うから、そりゃあ一緒だよ。表情は付き合いが長いと似ちゃうんじゃない?』


 髪の毛を貰う? 〈祝福の〉で髪の毛を使うからかしら?


「あの、ランス様の精霊さん、〈死〉ってどういうことですか? 死が身近にあるってこと? 死が近いってこと? 死を呼びやすいってこと、ですか?」


 ランス様の精霊は手のひらを突き出し、衝撃波しょうげきはで私を吹き飛ばした。胸に直撃ちょくげきし、息ができない。夢なのに、ゴホゴホとんでしまう。


『あんたっ! うちの子に何すんのよ!』

『……エメリーン、おまえが言ったんだ。死などへいぼんだと。その言葉をランスロットは心に刻んでいる。死は全ての人間の身近にあるものだ。当然だろう?』


 その話し方はたんたんとしていて、出会った当初のランス様とそっくりだった。何もかもあきらめたような……。


「はあ……はあ……はい」

『俺がいるせいで、人よりも死を意識せざるをえないだろうが、早死にするのか、人殺しになるのか、それはランスロットの生き様だ。必ずしも長生きが正しい、、、わけではない』

「おっしゃるとおりです。でも、人はどうしても死と言われるとおびえてしまいます」

『エメリーンはさして怯えてないだろう?』

「怯えていますとも!」


 現世の誰よりも。前世で絶命する時にはあまりの痛みにもんぜつしたし、事態をこじらせたうえに、自分が生徒や家族、婚約者の心の傷になってしまうことに激しく失望した。


『……ならば、良い死に方をするようにはげむことだ』

「私が励めば、ランス様も良い死に方ができるように、ラックにオマケしてもらってもいいですか?」

『おまえに授けられる運を、ランスロットに使うのか?』


 ランス様の精霊が怪訝な顔をする。


『エムってば、おひとしー! 自分だって婚約破棄なんて散々つらい目に遭ってるくせにー』


 正直なラックの物言いに、私は思わずしょうした。


「前世を思い出しちゃったら……いろいろ吹っ切れたの。ここからの人生ごと私にとってオマケみたいなもの。こうしてラックにも、ランス様のカッコいい精霊にも会えたし」


 私はもうこの世界で〈ホンキミ〉の悪役としての役目を終えた。これからは〈祝福〉目当ての人々にあごで使われたりせず、自分を大事に、小さな楽しみなんかも味わいながら、たった今出会った私から絶対離れないラックと一緒に、地に足をつけて生きていきたい。

 そもそも曲がった生き方などするつもりもない。できもしない。

 そうだ! 私がそんな真っ当な生き方をして、これまで苦労されてきたランス様の心の痛みを、精霊たちの力を借りて軽くすることも目標の一つにしよう。寝る前にも思ったように、私たちはゆいいつの同志なのだから。


『俺にも……俺にも名をつけてくれ』


 ボソリと真っ赤な髪の精霊が言った。私を睨みつける金の目はしんけんだ。断るせんたくはない。

 かといってラックのように〈祝福〉をひねったものにするわけにはいかない。では……。


「レッド、でどうですか?」

『ランスロットの色の名か……エムはランスが好きなんだな』

「もちろん尊敬しています」


 私は自信を持って頷いた。


『ふん、まだ自覚なしか。いや、怯えているのか? 再び愛することを……』

『そのへんはレッドのランスロットがせいぜい頑張るべきなんじゃなーい?』


 ラックが私の肩でぴょんぴょんとジャンプする。

 そういえば、〈ホンキミ〉のヒロイン……セルビアも守護精霊と会ったのかしら……?

 ラックとレッドの会話がだんだん遠くなる――――



*****



 鳥のさえずりで目が覚めた。ゆっくりとまぶたを開けると、木々のすきから朝日がキラキラとし込む。今日も日中は暖かくなりそうだ。

 起き上がると、私の体から大きな三人分のマントがずり落ちた。あと一枚は綺麗に畳まれまくらになっている。火はとっくに消えていて、周りの草はつゆれていた。皆様ありがとう。


「エム、起きたのか?」


 ガサガサと薮をかき分けながら、ランス様がリングを引いてやってきた。


「出発ですか?」

「いや、リングを水浴びさせてきただけだ。慌てなくていい」


『本当はエムのがおの可愛さに、真っ赤になって顔を洗いに行ってたんだよね。こんなにでっかいくせにウブな男だわ』

『真面目な男を茶化すなんて、おまえ、ほんっとに性格悪いな』


 ランス様の肩の上で、昨日夢で出会った黒い髪と紅い髪の精霊が何やらゴチャゴチャ言い争っている。

 無言でじーっと見つめると私の視線を感じたのか、二人がこちらに振り向いた。


『『……あれ?』』


「ん? エム、どうかしたのか?」

「い、いえ」


『……エム、私が見えるの?』


 ランス様にさとられぬよう、小さく頷く。


『はあっ? うそだろう?』

『わーお、エムってば規格外ねー。さっすがこのラック姉さんのバディ!』


 なんと、私はヒロインでもないのに、ラックとレッドという二人の守護精霊が、通常モードで見えるようになってしまった。夢だったけれど夢じゃなかった。

 これは……この出会いは〈運〉が向いてきたと考えていいのでは? うん、きっとそう!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る