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 彼が出かけたあと、コソコソと洗面に行ったり荷物を整理したりする。落ち着いたところで外に出ようとドアを開けると、目の前のろうにはたいけんして腕を組んだダグラス様が立っていた。

 私の安全のため? この町はそんなにぶっそうなの? それとも私の見張り? ランス様のいない間におろかなことをしないように……ありえる。


「どちらへ?」


 ダグラス様が一歩前に出てたずねる。この方も、ランス様ほどじゃないけれど大きい。


「受付の奥様に聞いて、ちょっと買い物してこようと思って」

「何をお求めですか?」

「洋服よ」

「失礼ですが、貴族のご令嬢のしがる服などこの町にはありませんよ?」


 だいじょう、欲しいものの目星はついているのだ。私は困り顔の彼をニコッと笑って安心させ、一階の受付に向かう。受付の奥さんは運良く一人だった。


「奥様、つかぬことをお聞きします」

「はーい! なんでございましょうか?」

「後ろでお手伝いされている、むすさん? のお洋服、どちらで売ってますか?」


 先ほどから十歳くらいの男の子が、感心なことに大量のタオルをたたんでいるのだ。


「え、子ども服ですか? それだったらここからね……歩いて五分かそこらですよ」


 そう言いながら、何かの裏紙に地図をいてくれた。


「ご親切にありがとうございます」


 地図を受け取りおして外に出ると、ダグラス様がかたしにその地図をのぞいてきた。


「子ども服が入り用なのですか?」

「ええ、多分子ども服で十分なの。ダグラス様、近いからついてこなくても大丈夫よ?」

「閣下……いやキアラリーはくに、あなたからはなれないように命令されております」


 あらら、それは申し訳ない。


「ダグラス様、では参りましょう」


 私がさっそうと歩き出すと、ダグラス様に腕をつかまれた。


「……逆です」


 私、まさかの現世、方向おん説!

 この世界は前世のほうけん制のヨーロッパに似ている感じだ。電気はまだ発明されておらず、交通手段は大半が馬車。でも学校があったり、都市部は識字率もまあまあだったり、前世のレベルで見てもおしゃれな洋服があったりと、特に不自由さは感じない。

 日本人が受け入れやすい設定の着地がこのあたりだったということだろうか? ただ、ここのような地方は王都よりも一昔前、といったぜい、それはそれでおもむきがある――などと街並みを眺めて考えながら歩く。

 辿たどいたのは子ども用品があれこれ置いてある店で、私はいそいそと奥に進む。先ほどの男の子が着ていた服に似たものが数枚あった。カーキ色のパンツと白いシャツを手に取り、体に合わせてみる。

 男子の服は女が着るとヒップが苦しい問題があるけれど、これならゆったりシルエットで穿けそうだ。全く同じものを二枚ずつ手に取ると、ダグラス様が小さな声で尋ねてくる。


「あの、ひょっとしてご自分で着用されるおつもりですか?」

「はい」

「なぜ?」

「大人のものだと、きっと大きすぎるのよ」


 私は前世もがらだったから、子ども服の一六〇サイズをたまに買っていた。案外おしゃれで、あなどれないのだ。


「いえ、なぜ、男物の子ども服が、入り用なのですか?」

「明日から馬に乗せてもらう時は、よこずわりよりもまたがったほうがいいと思うの」

「男乗りを……されるために?」

「リングに直接跨ったほうが、ランス様のりょううでが空くでしょう? パンツのほうが乗り下りも気を配らなくていいし。何よりずっとランス様のあしに座っているのが申し訳なくって……いまごろ私の重さで脚がしびれているのではないかしら?」

「……ランスロット様にとってあなたの重みなど、虫が乗ってるくらいかと……」


 例えるにしても虫なわけ?

 カウンターに行き、チョビヒゲのチャーミングな店主のおじさんに商品をわたす。すると目の前には色とりどりのキャンディーが並んでいた。最後の最後まで何か売ろうとする手法は日本でもお馴染みだ。やるなおじさん!


「ダグラス様、ランス様はどんな味がお好みかしら?」

「え? 食べられれば、なんでもがります……」

「そう、のどれてらっしゃるからハチミツ入りにしようかな……」


 私はキャンディーのふくろも数個カウンターにせて、きんちゃくぶくろからお金を取り出そうとすると、慌てた声で、ダグラス様がさえぎった。


「ま、待て、代金は私が!」

「あ、ちゃんとお金、持ってますので大丈夫!」


 なんと、これが私の初めてのおつかいなのだ。わくわくである。


「なんだなんだごていしゅずいぶんよめの尻にかれてるなあ」

「亭主じゃない!」

「てへっ!」

「てへっ! じゃない!」


 初めての買い物は、店主とダグラス様と三人での笑いのこぼれる思い出になった。ちょっと運が向いてきた気がして、思わずがおになった。

 店を出て、夕焼けを眺めながらのんびりと宿へと歩いた。となりではダグラス様がグッタリしている。私は今買った袋の中からキャンディーの袋を三つ出して、ダグラス様に渡した。


「これは?」

「プレゼントです。これからもほこりっぽい道が続くのでしょう? みなさんでめながら走ってください。赤がリンゴ、黄色がレモン、だいだいがオレンジだそうです」

「我々に、ですか?」


 ダグラス様は驚いた表情で私とキャンディーをこうに眺める。なんて大げさな。そもそも自分の分しか買わないケチな女じゃないですからね。

 彼は赤い袋を選び、一つつまんで口に入れた。その様子を見守ってから、再び歩き出す。


「エメリーン様」


 私は驚いた。ダグラス様に初めて名前を呼んでもらえたのだ。


「は、はい?」

「ランスロット様は……で声が枯れているのではありません。戦場にて常に大声を、我々をするために出しすぎたため、あのような声なのです」

「そうなの……それでハスキー……」

「はすき? 好き?」

「ああ、しぶくてかっこいいって意味なの。そう、好きだわ。てきねハスキー」


 夜、ランス様はこの町の長にそのまま夕食をもてなされることになり、私は宿で一人、食事をとった。

 夕食で出たぶたにくのグリルは塩とスパイスがキリッと効いていて、みしめるごとにどれだけこれまで味気ない健康食を王家に強

しいられてきたんだと、じわじわと腹が立った。

 それにうちの一家全員が付き合わされてきたのだからたまったもんじゃない。サムがなかなかりょうから戻らない理由がよくわかった。父も母もこれから思う存分味のついた料理を食べてほしい。

 私がなみだぐみながらおいしいおいしいと騒いでいると、宿のシェフがぜつみょうの配分で作ったスパイスソルトをひとびん分けてくれた。きっとランス様効果だ。私はぺこぺことお辞儀してありがたく受け取った。ちゃんとボスに報告しますから。


 おなかいっぱいになると、ダグラス様におやすみなさいとあいさつし、部屋に戻って明日の準備をして、とっとと窓側のベッドに入った。昼間たっぷり馬上で寝たから眠れないかなと思ったけれど、三秒で寝て、夢も見なかった。

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