第6話 神官王女、襲われる。

「それではまた明日の朝お伺いします」


 昼食の後、何かと絡んでくる黒髪の神官テニウスを無視して、クロエは水の大神官に挨拶する。昼食の間、カルミアはドキドキしっぱなしだった。

 テニウスは際どい冗談を飛ばし、それをクロエが無視。水の大神官は口を挟まず微笑んでいるだけ。銀髪の神官ゼラン王子は、関与しないとばかり黙々と食事をしていた。

 カルミアだけがオロオロしており、食事も楽しめなかった。

 水の神殿を出た時、安堵して大きく息を吐いたくらいだった。


「緊張した?」

「緊張というか、どうしていいかわかりませんでした」

「ごめんね。まさかあの人が今回担当になるなんて思わなかったから」

「あの人。テニウス様ですね。以前に会ったことがあるんですよね?」

「ええ。一回だけだけど。本当嫌だったわ。今回も本当は変えて欲しかったけど、せっかくゼラン王子とも仲良くなる機会だったから。我慢するわ」

「クロエ様は、ゼラン王子と仲良くなりたいのですか?」

「は?私が?違うわよ。あなたのことよ」

「わ、私ですか?」

「だって、結婚予定よね?」

「でも私はそれが嫌で逃げたんです」

「うん。だけど、もしいい感じの人だったら結婚するのもいいんじゃない?」


 (結婚なんて考えられない。私は神官としてやっていきたい。だけど、陛下に追われているから、無理かなあ。逃げるしかないのかな)


「今日は初日。水の神殿には三週間滞在予定だからゆっくりね。さあ、借りた家に行きましょう。庭付きなのよ」


 クロエは考え込んでしまったカルミアの肩を叩くと歩き出した。

 二人は水の神殿から出ると、すぐに神石のかけらの力で変装した。

 フォーグレンの民は浅黒いため、シュイグレンで目立たないように肌色を変えて、髪色は黒色。服装は町娘のそれだった。

  

「気が付いた?」

「はい」


 水の神殿から借家は歩いて十五分ほどの距離だった。

 話しながら歩いていると、二人は自分達を追う気配に気が付く。


「神石のかけらの気配ですね。よっつ」

「水の神官よね?」

「おそらく」


 水の神官であれば、すぐに声を掛ければいいのに、その気配は場所を選んでいるかのようにずっと追ってきていた。

 店が途切れ、人気のない道に入った時、それらの四つの影は姿を現した。四人はフードを深く被り、水の神官の制服を身に付けていなかった。しかし、気配は水の神石のかけらの気配だ。


「何の用かしら?」


 クロエが額に手を当てながら、尋ねる。

 答えはなく、すぐに氷の礫が飛んできた。


「好戦的ね」


 それを炎の粒で相殺する。

 人気がないと言っても路地裏だ。炎を飛ばして燃やすわけにはいかない。火の神官にとって戦うには不利な場所だった。


「武器を生成したほうがいいわ。エリナ!」


 しっかりカルミアを偽名を呼べるあたり、クロエがまだ冷静であることにほっとして、カルミアは自分が一番使いやすい槍を作り出す。

 クロエは両手に剣を作り出していた。


「まずは一人!」


 襲いかかってきた者をクロエが剣で切り捨てる。相手も氷の盾で対抗しようとしていたが、強度が違いすぎた。盾は砕け、クロエの剣が相手を切り裂く。炎の剣、それは切り裂くだけではない。一気に燃え上がり、別の者が水をかけて消火作業をする。

 カルミアにとって初めての戦闘だった。武器を作り出したまではよかったが、足が自分のものではないような感覚でうまく動けなかった。そんな彼女を氷の剣を持った者が襲い掛かる。


「カルミア!」

 

 クロエは咄嗟に叫んでしまった。

 加勢をしようとするが、もう一人の水の鞭を使う者に阻まれる。


「退きなさい!」


 水の鞭を切り裂き、カルミアのところへ飛ぼうとする。しかし、別の水の鞭が彼女を襲う。

 

「だ、大丈夫です!」


 カルミアも神官である。模擬戦を何度も経験し街の小さな喧嘩くらいは止めたことがある。

 水の剣を槍で跳ね返した。

 カルミアはそれで安堵してしまい、隙ができる。

 そこに先ほど消火活動していた者が氷の矢を叩き込んだ。


「カルミア!」


 彼女に届く前に氷が砕け散る。


「貴様らは何者だ!」


 カルミアの前に立ったのはゼランで、氷の剣で氷の矢を砕き、尋ねる。


「答えるわけないよ。ゼラン。まずは痛めつけないとね〜」


 軽口を叩いたのは黒髪の神官テニウスだ。

 その手には氷の斧が握られている。


「まずい!逃げるぞ!」


 襲ってきた者たちはリーダー格の男の声を聞くと、すぐに空に飛び上がった。


「待て!」


 それを追いかけたのはゼランだ。

 その後をテニウスも追う。


「クロエ様、大丈夫でしたか?」

「うん。あなたこそ、大丈夫?」

「はい」


 二人が無事を確認し合っていると、すぐにゼランとテニウスが戻ってきた。


「お早いお帰りで」

「逃げられちゃってね」


 クロエの皮肉にテニウスが肩をすくめて答える。


「襲ってきたのは水の神官のようだけど。何が起きてるの?」

「あれは水の神官ではないよ」

「え?でも水の神石のかけらを持ってましたよね?」

 

 カルミアはあの者たちが首から下げた青い石に触れて、攻撃を繰り出していたのを見ていた。なので、噛み付くようにテニウスに問う。


「うん。そう。あいつらは神使人(しんしと)だ」

「神使人(しんしと)?」


(何?それ)


 初めて聞く言葉にカルミアはクロエを見る。

 彼女も驚いた顔をしていたので、初耳だとわかる。


「まあ、詳しい話はここではできないね」


 気がつけばガヤガヤと人が集まり始めていた。


「君たちの家に招待してもらってもいい?」

 

 テニウスが茶目っ気たっぷりに聞き、クロエが顔を顰めた。


(水の神殿に戻るより借家のほうが近いかもしれない。だけど。あ、でも助けてもらったし)


 カルミアはちらりとゼランを見る。

 銀色の髪は少し乱れており、彼はうっとしそうにそれを直していた。ふと彼と視線が合い、カルミアは咄嗟に視線を逸らしてしまった。


(あ、何やってるんだろう。お礼言わなきゃいけないのに)


「……いいわ。お礼もしたいし。招待します」

「やったね。何かお菓子買って行こうか?」


 クロエは不服そうに、テニウスははしゃいでそんなことを言う。


「お菓子?」


 カルミアは甘いものが大好きだった。だからその言葉に反応する。


「美味しいタルト屋があるんだ。近くだよ。寄って行こう。ついでに何か飲み物も」

「いいですね!」

「か、エリナ」

「クロエさん。もう隠しても無駄だよ。その子の名前、カルミアって言うんでしょ?さっき呼んでいたの聞いたよ」


(う、聞かれていたんだ。でも、カルミアって名前がバレても、それだけだよね。だって、私の存在はフォーグレンでも公にされてないし。隣国じゃ)


 カルミアは動揺しつつ、思わずゼランを見てしまう。

 ゼルノは我関せずとばかり、ちらほらと集まってきた人々に視線を向けていた。


「あー!どこかで見たことがあるって思ったら、ゼラン王子じゃないか。うわあ。本当に綺麗だね」

「本当だ」


 群衆の一人がゼランの存在に気がつき、その話はどんどん広まっていく。


「とりあえずここを離れましょう」

「そうだね」


 クロエがそう言い、テニウスが同意。

 そうして四人は群衆を掻き分けて、静かな場所に移動した。




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