第12話 少し綻んだ口元

「テニウス。何名くらい集まりましたか?」

「十六名です」

「意外に少ないですね」

「まあ、ゼランが横で威嚇してましたからね」

「威嚇など私はしていない」

「まあ、まあ」

 

 テニウスと共に大神官の部屋でやってきたゼランは、淡々と口を挟む。


「名簿をください。私が対戦を組みましょう」

「それは助かります。ありがとうございます」


 テニウスは大喜びで名簿を差し出した。


「それでは後はよろしくお願いします」

「あなたたちは、クロエさんのところへ行くつもりですか?」

「はい!」


 テニウスは嬉々として答え、大神官は苦笑する。


「ほどほどにしてあげなさい。嫌われますよ」

「大丈夫です。もう嫌われています」

「それはそれは」


 テニウスは大神官に頭を下げると部屋を出る。その後を追うのはゼランだ。


「また行く気か?迷惑だと思うぞ」

「多分ね。でも会いたいじゃない?」


 ゼランは無言を通す。


「ゼランも行くよね?」


 無表情のゼランだが、テニウスには少しだけ彼の感情を察することができた。迷っているように見えたので、その肩を軽く叩く。


「行こう。タルト買って行ったらきっと喜ぶよ。カルミアちゃん」

「そうか」


 ゼランは短く答え、横を向く。


「気に入ったら結婚しちゃえばいいのに」

「気に入るとか、そんな感情は私にはない」

「嘘だ〜」

「本当だ」


 ゼランは悪意に晒され続け、感情をうまく隠すようになった。それは次第に彼の感覚を麻痺させ、感じることが難しくなった。それでも神官として、道徳を身につけ、人の感情の動きを読むことはできる。教科書のように模範にそったものだが。

 彼は婚姻相手であるカルミアが少し苦手だった。一緒いると忘れていた感覚が戻ってきそうで、嫌なのだ。悪意から自身を守るため、感じることをやめてしまった。もし再び感情を取り戻したら、彼は悪意から自身を守れないだろう。そう思い、カルミアが側にいるといつもより気を張った。それなのに、のこのことテニウスに付き合い彼女に会おうとしている自分が、ゼランは理解できなかった。


「カルミアちゃんは何味のタルトが好きかな」

「林檎だ。林檎が好きだと言っていた」

「ゼラン。そんなこと知ってるんだ。ははーん」

「たまたまだ。昨日一緒に買い物した時に、カルミアが話したんだ」

「カルミア、すでに呼び捨てなんだね」

「王女と呼ぶわけにはいかんだろう」

「その割に彼女は君を様づけで呼んでたけど」


 テニウスの指摘にゼランは無言を通す。


「まあ、いいや。さて行こう。あんまり遅くなったら家に入れてもらえないかもしれない」


 この時間でも、あのクロエであれば家に入れない可能性が高いかもしれない。

 ゼランはそう予想したが、あえて口を挟まなかった。


 ☆


「林檎タルトはありがたくいただくわ。それでは明日。忙しいでしょう?」

「ちょっと、ちょっと一緒に食べようとか、ないの?お腹空いてます!」

「図々しいわね。外にいっぱい料理屋があるじゃない。食堂も空いてるでしょ?この時間なら」


 夕食を作っていると扉が叩かれた。

 二人は警戒して玄関に向かう。しかし呑気が声がして、脱力しざるえなかった。

 扉を開けないわけにはいかず、開ける。すると手土産の林檎タルトを掲げたテニウス、そしてその背後にゼランの姿があった。

 カルミアはエプロンをつけっぱなしだったので、なんとなく脱いでしまった。

 一般の女性のようにドレスを身に付けたり、髪を結ったり、飾りをつけたり。カルミアは神官なので縁がない。王宮にいた頃は王女として冷遇されており、異母姉のお下がりを貰い受けるだけだった。似合わないドレス、けれどもヒラヒラと風に舞う美しいレースなど、子ども心に胸が騒いだ。

 神官になりおしゃれとは全く縁がなくなっていたが、エプロン姿はあんまりかと思い、外して小脇に抱えた。


「あ、美味しそうな匂い。カルミアちゃん、お腹空いて死にそうなんだ。少し分けて?」

「カルミアに頼まないで」

「じゃあ、ゼラン。君も食べたいだろ?カルミアちゃんの料理」

「いや、私は」


(ゼラン様?)


 無表情のはずなのに、目元がうっすら赤くなった気がして、カルミアはゼランを凝視してしまう。

 すると彼女の視線に気がついたようで、ゼランそっぽを向いた。


「食べたいよね?ね?」


 テニウスは子どもみたいにしつこくゼランに聞いている。


(騒がれるほうが面倒じゃないかな?)


 クロエを見ると、彼女は大きなため息をつくところだった。


「仕方ないわね。量もあるし、ご馳走してあげてもいいわ」

「わー。ありがとう!クロエさん」

「触らないで。顔を焼くわ」


 勢いで抱きつこうとしたテニウスに、クロエはすかさず言った。


 


「火と水の神官の模擬戦だと?大神官はとち狂ったか?」


 水の神殿の情報は裏切り者の水の神官によって、王弟ゾルクへ直接伝えられる。

 新たにその裏切り者がもたらした情報に王弟は驚きを隠せなかった。


「まあよい。しばらく楽しませてやろうじゃないか」

 

 計画の準備はすでに整っている。

 大神官を毒殺し、その罪をカルミアに着せる。その上、ゼランを装った者にカルミアを殺させる。

 いかに無用といえども王女を殺害されれば、フォーグレンは動く。それに対抗してシュイグレンも動くだろう。


「その時が楽しみだ。あの兄の慌てる姿が。私の力も存分に見せようぞ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る