第13話 水の神官の対抗戦

「楽しみですね」

「そうね」


 クロエとカルミアはかつらを装着、着替えをしてから借家を出る。

 昨日訪ねてきた二人は、食事を終えると素直に帰って行った。テニウスは明日はぶっちぎりで勝つなど饒舌で、ゼランは相変わらず無表情で、無口。テニウスから感想を聞かれ、美味しいと答えていたので、美味しかったのだろうとカルミアは信じている。


 模擬戦の会場は、鍛錬所ではなく神殿の開(ひら)けた場所に指定されていた。観客ではなく、神官たちが見学できるように椅子代わりの石が並べられていて、クロエとカルミアは特等席で一番最初の列だった。

 対戦する場所は地面を掘り起こし、地表より低い場所に四角の対戦場が作られていた。

 大神官はクロエの隣に座っている。


「随分広いですね」

「ああ、十六人一気に戦っていただきますからね」

「え?」


 (どういう意味、一対一じゃないの?!)


 対戦表など存在せず、どうやら参加者十六人が一度に戦い、勝者二名がクロエとカルミアと戦う仕組みになっているようだった。


「あの、大丈夫なのですか?」


 カルミアが心配して大神官に尋ねる。


「殺してしまっては失格です。力加減を知ることも大事なのです」


 微笑んでそう答えられ、背筋が粟立ってしまった。

 それを聞いたクロエも蒼白な顔をしたが、すぐに表情を取り戻す。


「楽しみです」


(クロエ様?!)


「大丈夫です。これはあくまでも試合なのですから。我を忘れるものなどいるはずがありません」


 大神官は自信を持ってそう言い、カルミアも納得したのだが、試合は壮絶なものになってしまった。

 勝ち残ったのは、テニウスとゼランの二人だった。

 水の神殿で感じた悪意のある視線は、試合で表面化する。ゼランに集中攻撃が仕掛けられたのだ。テニウスはゼランを援護するように他の神官を攻撃、実質二対十四の戦いだった。

 日頃の軽薄な態度からは想像できない攻撃力を見せたテニウスは、次々に神官たちを攻撃不能にしていく。ゼランは強固な氷の盾を使い、すべての攻撃を受け切った。攻撃を放ち油断している神官へ、氷の剣を振り下ろす。しかし致命的な傷を負わせることはなく、手足に傷をつけ、闘争心を奪うだけだった。二人は強かったが、相手は7倍の数であり、無傷ではすまない。

 二人以外の者が地面に伏した時、傷だらけになっていた。 

 神は癒しの力を持たない。

 なので、傷を癒すのは薬草のみだった。

 大神官が勝利者を告げ、怪我人が運ばれていく。


「大丈夫なの?!」

「大丈夫ですか?」


 クロエもカルミアも観客席から二人がふらふらと立っている対戦場へ駆け寄る。


「大丈夫ー。クロエさん、そのおっぱいで俺を」


 テニウスは軽口を叩くくらい元気があるらしく、クロエは容赦なく鉄拳を下ろす。

 ゼランは何も答えなかったので、カルミアは心配になり、触れるほど距離まで近づき、持っていたハンカチで彼の傷口を拭いた。


「早く傷口を洗って、薬草を塗りましょう」


 カルミアの言葉に、ゼランは一瞬驚いたように目を瞬(またた)かせた。しかしその後、頷く。

 

「あの掴まってください」


 よろよろと歩くゼランに声をかけたのだが、無反応。痺れを切らしたカルミアは強引に彼に肩を貸した。


「汚いから」

「汚くなんてありません!」


 ゼランにしては弱々しい声で抗議し、カルミアは叱るように答える。

 そうして、カルミアはゼランを医務室に連れて行く。


「クロエさん、俺にも肩貸して〜」

「変なところ触りそうだから絶対に嫌」


 クロエはそう言いつつも、テニウスに付き添って医務室へ行くカルミアたちの後を追った。


 ☆


「二対十四だと。大神官のやつ、本当にトチ狂ったことをするな。この機会にゼランも葬りたかったが計画には奴が必要だ。最後まで残ってもらわねばならなぬからな」

「はい」

「この際、この機会も利用するか。ゼランにカルミア王女を殺してもらおう。カルミア王女は火の大神官のお気に入りのようだからな。水の神官であるゼランが王女を殺すようなことがあれば、火の神殿が水の神殿に報復するかもしれん」


 王弟は新しい計画が余程楽しいのか愉悦には満ちた表情を浮かべている。


「罠を仕掛けろ。カルミア王女を瀕死に追い込むのだ。さすればゼランがカルミア王女を殺したように見せかける事もできよう」

「はい」

「最悪失敗したならば、あの計画を進める。打つ手はたくさんあったほうがいいからな」

「はい」


 王弟は満足そうに笑う。

 裏切り者の神官は深々と頭を下げると部屋を退出した。

 

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