結婚が嫌で逃亡した神官王女は逃亡先で結婚相手の神官王子に遭遇し、お家騒動に巻き込まれる。
ありま氷炎
第1話 神官王女逃亡する。
世界は二つの国が支配していた。
一つは北の大陸のシュイグレン、もう一つは南の大陸のフォーグレンだった。
シュイグレンは水の女神を讃える国で、女神の力を借りた男性神官が王に力を貸し、北の大陸を支配している。対するフォーグレンは火の神を讃え、女性神官が神の力を南の大陸を統治する王に貸していた。
両国は何百年も争ってきたが五十年、両国の王子と姫が婚姻を結び、戦争が終結した。
そして、それ以降両国の王家が婚姻を結ぶことで平和を保っていた。
「え?私が、ですか?」
王宮から急に呼び出され、聞かされた話にカルミアは驚きを隠せなかった。
「そうだ」
「私は神官ですよ?!」
「相手も神官だ。ちょうどいいではないか」
「あの、でも」
「これは王命だ。神殿にはお前が還俗することを伝える。明日から王宮で暮らせ。婚儀までにその髪を少しでも伸ばすのだぞ」
「陛下!」
王命であり、娘と言えども逆らうことができない。
しかし、彼女は声をあげる。
十歳から六年間、神殿で暮らしていたのだ。後は上級神官になり、大神官の補佐でもできればと考えていた。
それが急に還俗、しかも結婚と言われ、カルミアは承諾できなかった。
「王命ですよ。控えなさい」
ピシャリとカルミアを叱咤したのは王妃だ。
王女と言えどもカルミアの母は王妃ではない。王が浮気心を出し、侍女に手を出して生まれた子で、誰にも歓迎されていない。母である侍女はカルミアが三歳の時に心を病んで亡くなってしまった。
母が異なるとは言え、王の子であるカルミアは第二王女として王宮で暮らしていた。母が身籠もり、王宮の端の離宮を与えられた。限られた使用人のみが与えられ、密かに暮らしていた。
カルミアの母は何も望んでいなかった。離宮の使用人たちは己の仕事をまともにせず、サボってばかり。食事も粗末なものを出してくる始末。しかし、母もカルミアも文句など言ったことがなかった。
そんな生活の中、カルミアの母は弱っていき、泣きながら、謝りながら死んでいった。
一人になったカルミアの話を聞き、カルミアの母の友人であった神官が訪ねてきた。そうして神殿の力を借り、その神官はカルミアの教育係になった。
ある日、誤って神官の持ち物である火の神石にふれた彼女は、炎を作り出す。小さな炎のため騒ぎになることはなかったが、神殿は彼女を神官として受け入れたいと申し入れ、王は許可した。
カルミア、十歳。
王宮から離れ、神殿に預けられるようになった。
そこでカルミアはさまざまなことを学ぶ。彼女が厭(いと)われた王女ということは知られており、この六年間で友人はできなかった。けれども、見習いから、新米神官、下級神官にまで彼女は上り詰めた。
それが、王命によって無駄になろうとしていた。
「あなたは王女よ。国のために義務を果たしなさい」
王妃が抑揚のない声で告げ、面談はそれで終わりになった。
神殿に彼女が戻ることは許されず、王宮にそのまま留め置かれた。
彼女が出て行ってから、六年。
離宮はそのままの姿で残っていた。内装も変わっていない。しかし、流石に清掃はされていて、カルミアはほっとして中に入った。
使用人と侍女がつけられ、彼女は着替えるように促されたが断る。一人にしてほしいと部屋から使用人たちを追い出して、彼女の昔の部屋に籠る。
いつもの癖で頭部の飾りの額部分に手を当てる。真っ赤な宝石のような神石のかけらの感触を確かめ彼女は安堵する。
見習いから新米神官になると神石のかけらを与えられる。
神石というのは神が宿る石で、かけらは文字通りその欠片だ。
神に認められた者が触れば、炎を操ることができたり、空を飛んだりすることが可能だ。
火の神官は女性ばかり。皆髪を剃り上げ、火の神に誓う。カルミアも同様で、髪は剃り上げており、触れればツルツルした感触がする。
王は彼女に婚儀のため髪を伸ばすように命じた。
六年かけて、彼女は下級神官になった。
それを捨てて隣国の王子へ嫁がなければならない。
「やってられない」
王宮は彼女にとって良い場所ではなかった。
「やっと自由を手に入れたと思ったのに」
神殿の神官も市井の者に比べれば規則に縛られ、自由に制限がかかる。しかし、王宮にいる時よりはるかに自由だった。
けれども王命は絶対だ。
悔しさを心の奥底に引っ込めて、カルミアは隣国の王子に嫁ぐため、準備をすることにした。
神官として六年、その前も王族として十分な教育を受けていないため、彼女はまず礼儀作法を学ぶことになった。
教師として選ばれたのは、王妃贔屓の伯爵夫人。事あるごとに彼女の出処をなじる。ある時、母のことを貶めたため、彼女は力を使いかけた。しかし理性をかき集め、どうにか衝動を抑えた。力を使えば、神殿に迷惑をかけるかもしれない。友人はいなかったが、指導してくれた上級神官や優しかった大神官のことを思い、堪えた。また神石のかけらを取り上げられる恐れもあり、今は力を使うべきではないと、怒りを抑えた。
その代わり、彼女の手のひらは拳を握りしめたときに爪で傷つけてしまい、血塗れになった。
カルミアの受難はそれだけではなかった。
今までずっと接点がなかった異母兄弟、姉が離宮を訪れ、事あるごとに彼女を悪様に罵った。
彼らの悪態から、彼女は結婚予定の王子のことを知る。
年齢は二つ上の十八歳。第四王子で母は高級娼婦。水の神殿の上級神官。その美しさから、体を使って上級神官になったと言われている。性格は冷徹。女嫌い。
火の神殿は女性しかいないように、水の神殿は男性しかいない。火の神殿が厳格なのに対し、水の神殿の風紀はかなり乱れているとカルミアは神殿で聞いていた。実際交流などで見てきた水の神官たちは制服がきているが、髪型は自由で、火の神官を口説こうとしてりしてきて、カルミアは水の神官が苦手だった。
「外れ者同士仲良くやればいいわ。ああ、でも向こうは女性に興味がないみたいだし、仲良くもできないかもしれないけど」
異母姉である王女ルミアは高笑いする。
ルミアには決められた婚約者がおり、そのこともあり、カルミアが隣国へ嫁ぐことになった。
(まあ、どうせ。婚約者がいなくても、私が行くことになったんでしょうけど)
「穢れた母を持つ者同士、楽しくできそうよね。母親が穢れても神があなたたちに力を与えるのは納得行かないけど、慈悲なのでしょうね」
母を詰られ、カルミアはそれまで聞き流していた言葉を頭に止めてしまった。
(なぜ、ここまで言われないといけないの?母はそんなこと望んでなかった。陛下が母を無理やり……)
毎日、毎日。
飽きないのかと呆れるくらい教師から、異母兄弟、異母姉から罵詈雑言を言われる。
カルミアの精神は参っていき、亡くなってしまった母を思い出す。
(このままはいや。私には神石がある。そして力が。結婚なんて知らない。私の代わりに姉(ルミア)が行けばいいのよ。私は逃げる)
神殿には迷惑かけたくない。しかし、このまま心が削られていくことに彼女は耐えられなかった。
そうして、王宮に連れてこられてから一ヶ月後、婚姻まで二ヶ月前。
彼女は神石の力を借り、王宮から逃げ出した。
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