第2話 神官王女、隣国の神殿へ逃亡する
「どうしよう」
神石の力を借りて、まず姿を変えた。
それから空を飛んで王宮脱出。
神官であれば、他の神石のかけらの気配を感じることができる。しかし、神殿に一方的に通達し、カルミアを還俗させようとしたのが仇となって、現在王宮からすべての神官が引き払っていた。
神官は神石のかけらを使うことで、兵士よりも有力は戦力になるのだが、現王は神官の価値を低く考えており、神殿に詫びを入れることはなかった。
おかげで、カルミアは楽々と王宮を出ることができた。
そこまではよかったが、カルミアはあまりにも社会に疎かった。
王宮、神殿、そして街しか知らなかった。
見習いの頃は買い物にも出かけたので、貨幣の価値などはわかっている。
しかし、彼女には生活する知識が不足していた。
「のんびりしてたら追っ手がかかる。街を出る方がいいかもしれない」
そう決めて、降り立った場所から再び飛ぼうとした時、背後から拘束された。神石のかけらを使おうとした時、犯人の正体に気がつき手を止める。
「クロエ様!」
「カルミア。あなたが王宮から逃げ出すことは予想済みよ。大神官があなたに会いたがっているわ。静かについてこれる?」
「はい」
クロエは上級神官で、カルミアに親身になってくれた神官だ。
そして大神官はカルミアの母の友人で、彼女が神殿に入るきっかけを作ってくれた方だった。
(お二人のことなら信じられる)
そう確信して、カルミアはフードを深く被るとクロエの後を追った。
☆
「カルミア」
隠れ通路からカルミアたちは大神官の部屋へ入った。
「大神官。申し訳ありません」
「何を謝るのですか。カルミア」
大神官は、子供の時のようにカルミアの頭を撫でる。
「横暴なのは、王宮です。神官をなんだと思っているのか」
神殿は火の神に使えるのであり、王から独立した機関だ。神官は神殿に属し、王は神官を自由に扱うことができない。カルミアは王女であるが、すでに神官になった身だ。神殿に所属する身で、王がその権限で勝手に還俗させられない。
しかし、王は神殿を無視し、カルミアを還俗させようとしていた。
「あなたのことはこの神殿で守ります」
「大神官様。それではご迷惑になります」
カルミアは大神官の思いが嬉しかった。
しかし彼女が神殿にいることで、六年過ごしたこの神殿に迷惑がかかるようなことは避けたかった。
「どこか、王宮から遠いところで身を隠そうと思っています。けれども、私はその、社会のことがよくわかなくて」
「カルミア。あなたはまだ外の世界をよく知りません。そんなあなたが一人でどこかに身を隠すなんて無理でしょう。神殿であなたを匿います」
大神官は彼女の考えに不安を覚えるようで、神殿に留まるように説得を試みる。
そんな中、後方に控えていたクロエが突然間に入る。
「そうだわ。大神官様。私によい考えがあります。隣国の神殿へカルミアも連れていきます」
「クロエ。何を言うのです」
「クロエ様」
突拍子もないことをいい始めたクロエに、大神官もカルミアも声を上げる。
「水の神殿への出張。どの火の神官が行っても同じでしょう。顔など把握もしてないでしょうし。ここにいるより安全に思えます」
「水の神殿……。確かに王宮の手は伸びませんね。水の神殿でもカルミアの顔など把握していないでしょうし」
「いい考えだと思いませんか?カルミアもそう思うでしょう?」
「……それは悪手だと思います。水の神殿には、私が結婚する予定の王子がいます」
「え?あなたが結婚する予定なのは、あの冷徹眼鏡の神官なの?」
「冷徹眼鏡?」
「クロエ」
「あ、失礼しました。それならちょうどいい機会じゃない。結婚相手のことをよく知ることができるし。もしいい相手だったら、そのまま結婚してもいいと思うし」
「クロエ様」
「そういう可能性もありますか」
「大神官様?!」
「私はあなたの結婚に反対してるわけではないのです。ただ神殿の意志も、あなたの考えも無視して進める王宮が許せないのです。水の神殿に行き相手を見極めることも大切かも知れませんね。よい相手なら、結婚し家庭を作るのもよいでしょう」
「大神官様」
「私はあなたに幸せになってほしいのです。このまま神殿に匿うにも、どこかに潜むにも王宮から逃げ続けなければならないでしょう。それなら、いっそ。もし相手が、クロエが言ったように冷徹眼鏡なら、ここフォーグレンではなくシュイグレンで暮らしなさい。フォーグレンにいれば王宮の目を逃れられないでしょうし、のんびり暮らすこともできないはずですから」
「決まりね。明日出発予定よ。物はシュイグレンで揃えればいいわ」
「あ、明日なのですか?」
「そう。ちょうどよかったわね。これも火の神の下さった偶然かもしれないわね」
カルミアが何も言わないうちに話は進んでしまい、明日で隣国へ出かけることになってしまった。カルミアと言う名は流石に使えないので、別の名前を考えるようにと宿題を出し、クロエはそうそうと大神官の部屋を出て行ってしまった。
「カルミア。今日はここで休みなさい。私もそばにいるから。王宮で大変な思いをしたでしょうに」
「大神官様」
頭を優しく撫でられ、カルミアのそれまで我慢していた感情が一気に溢れる。
「私は生まれてきてはいけない存在だったのですか?」
「そんなことはありません。レイアはあなたを愛していたわ。あなたの誕生を喜んでいた」
「ほ、本当ですか?」
「ええ」
大神官はカルミアの頭を撫でながら、そう語る。
彼女が覚えている母はいつも泣いているもので、悲しい思い出ばかりだった。なので母が自身を愛していたなど信じられない思いでいっぱいだ。けれども大神官がそう言うのだからと、信じることにした。
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