第3話 神官王子ゼラン
「お、ザラン。ここにいたんだ」
「何か、用か?」
水の神殿の書庫で、本を手に、しかし窓から外を眺めていたゼランに声をかけたのは、上級神官のテニウスだった。
「なに黄昏(たそがれ)てるの?王宮でなんか言われた?」
ゼランは水の神殿の上級神官であるが、ここシュイグレンの第四王子でもあった。王宮でとんでもないことを聞かされ、水の神殿に戻ってきたところだった。気持ちを落ち着かせようと人気の少ない書庫を選び、ぼんやりとしていた。
「別に」
「大方結婚話?」
「なぜ、お前が知ってるんだ?」
「図星?」
ニヤリと笑われ、ゼランは彼の策略にハマったことに気がつき、ひどく後悔する。
「君は今年で十八歳。王族であればすでに婚約者がいる年だ。去年、フォーグレンに嫁いだセリーヌ様がお亡くなりになった。今年は、王族の誰かが隣国と婚姻を結ばないといけないだろう?他の王子や王女にはすでに婚約者がいるか、婚姻済。残っているのは君か、王弟殿下だけだ。年齢的に君が一番適任だろ?」
「年齢的か……」
テニウスの説明にゼランは自嘲で答えた。
「で、相手はルミア王女?」
「……違う」
「違うの?じゃあ、誰?」
「王女カルミアだ」
「カルミア?聞いたことない名前だなあ」
カルミアの存在は十歳で神殿に入ったせいか、公にされていない。なのでテニウスの反応も自然なものだった。
「今年十六歳。火の神官でもあるらしい」
「火の神官!?それは、面白くないね」
「どういう意味だ?面白くないとは」
「火の神官はお堅いじゃん。髪も剃っちゃってさあ、可愛くない」
「お前の判断基準はそれか」
「なに?悪い?だって、お堅い子って一緒にいてつかれるじゃん。あと髪が短いというか、ないのは論外」
テニウスは両手を左右に振り、問題外とばかり顔を顰めている。
「私にとって、そんなことはどうでもいい。美醜など。見れる程度の外見であれば十分だ」
「え〜?美醜はとても大事じゃない?自分が綺麗だからってさあ」
テニウスがぐちぐちと文句なのか、独り言か話し始め、ゼランは興味ないとばかりそっぽをむく。
「その反応、本当ひどいよね」
テニウスは愚痴るのをやめ、ゼランを詰った。
「で、お前はそんなことを私に聞くためにここにきたのか?」
「違う違う。用事は別。明日、火の神殿からお客さん来るんだけど、君が接待役になったから」
「は?」
「正確には君と俺。頑張ろう」
ゼランは嬉しそうに笑うテニウスに対して、頭痛を覚えて俯く。
「嫌な予感がするぞ」
「そう?俺は楽しみだけど」
「さっき、お前は散々火の神官には興味ないって話をしていた気がするが」
「うん。普通の火の神官にはね。明日来る予定なのは、クロエ上級神官。めちゃめちゃおっぱい大きいんだ。それで髪剃っているだろう?なんてめちゃくちゃエロいよね」
「お前は変態か。そんなところ見てたのか?」
「ゼランも見たらびっくりすると思うよ。楽しみだな〜、明日。飛んでくるらしいから」
「お前一人で出迎えろ」
「だめだよ。大神官様から二人で出迎えるように言われてるんだ」
「大神官様が?」
「そう。明日お昼前ね。二人が到着してから一緒に食事をする予定なんだよ」
「そんな面倒な」
「楽しみだなあ」
浮かれ始めたテニウスにゼランは冷たい視線を向ける。
この時点で二人はクロエが一人で訪れると思っており、まさかゼランの未来の花嫁が一緒に来るなど予想すらしてなかった。
☆
「なにぃ?カルミアの姿が消えたと?」
「はい」
「警備兵は何をしていたんだ!」
「あの、それが全く痕跡がなく、窓も開いていたため、空から逃げたのではないかと」
「そ、空?そんなこと、」
フォーグレンの王はそう言いかけて、考えを改める。
彼はカルミアが神官であり、神石のかけらをまだ持っていることを思い出したのだ。
「神殿に連絡しろ。もしかしたら逃げ込んだかもしれん」
「はっ」
数時間後、神殿から驚いたような反応、カルミアの行き先には心当たりがないと返答があった。
「大神官は、あれの母親の友人だ。匿っている可能性が高い。捜索させろ!」
「陛下、それは無理でございます。さすがに。神殿は神の領域。王の力を持っても」
「ならば、大神官を呼び出すのだ」
「はい」
宰相は当たり散らすしか脳がない王に内心呆れながらも、その命令を実行するしかなかった。
数時間後、超絶不機嫌で怒りの表情を隠さず、大神官は王宮へ現れた。
王は顔を引き攣らせ、若干怯え気味に詰問する。
「大神官よ。お前はわしの娘、カルミアの行方を知っているのではないか?」
「陛下よ。私はすでに回答したはずです。存じ上げないと」
「だが、あの娘が行くとしたら神殿しかないではないか」
「でしょうね。けれども私は知りません。大体、神官の意志を無視し、勝手に還俗させるなど、フォーグレンの歴史の中で初めてのこと。陛下、お分かりでしょうか?神殿は火の神を祀り、神官は神の声を聞くものです。火の神に愛された存在、それが火の神官です。それを陛下は勝手に還俗させるなど、神の意志をなんと思っているのでしょうか?」
「そ、それは。カルミアは神官の前に、わしの娘だ。父である私の命を受け入れるのは当然のこと」
「神殿をくぐり、神石のかけらを抱いた時から、神官は神のものです。あなた様が自由にできる存在ではないのです」
「ええい、うるさい奴め。知らないと申すのであれば、それでいい。帰れ」
「それでは帰らせていただきます。神のご加護がありますように」
「は、早く帰れ」
王は動揺し、手で大神官を追い出す仕草をする。
それに対して大神官は大仰に頭を垂れるとゆっくりと王室を立ち去った。
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