第4話 神官王女、偽名を使う。

「クロエ様。私は本当にこのままでいいのですか?」

「髪を綺麗に剃ってもらえれば、それで大丈夫。水の神官なんて、アホばっかりだから、私たち火の神官の顔なんて区別つかないわよ」

「そ、そうですか」


 昨晩、クロエから少し伸び始めた髪を綺麗に剃り上げるように言われただけで、隣国に行く準備について何も言われなかった。

 今朝急に不安になったのだが、クロエはケラケラ笑うだけだった。

 この明るさにカルミアは何度も救われてきた。


「大神官様は大丈夫でしょうか?」

「大丈夫、大丈夫。あなたは気にしないでいいから。ここにいる方が色々面倒なことになるのよ」

「そう、そうですよね」

「あ、ごめんね。カルミア。水の神殿、シュイグレンで色々学びましょう。あなたが結婚する予定の冷徹眼鏡の様子も探りましょう」

「冷徹眼鏡?!昨日も言ってましたけど、どういう意味なんですか?」

「性格がものすごい冷たいのよ。言い方とか。表情も変わらないし。そして眼鏡をかけているから、私は冷徹眼鏡と呼んでるわ。あんなに綺麗なのに、あの性格がすべてを台無しにしているわ」

「そ、そうなんですか」


(そういう人と結婚するのはやっぱり嫌かも。逃げて正解だったかもしれない。だけど、水の神殿に行くから、会う可能性も非常に高い)


「会うのが心配?」

「はい」

「多分、あなたのこと、誰も知らないわ。フォーグレンでもあなたの存在は公にされてないから、姿絵なんてものは存在しないと思うし。問題は名前。多分、冷徹眼鏡には結婚相手の名前くらいは知らせているはずだからね。名前考えてきた?」

「エレナ」

「エレナ?その名前にしたいの?」

「はい」

「大神官様の名前ね。まあ、よくある名前だから、そうしましょうか。神殿にも他にもエレナいるし」

「はい」

「じゃあ、エレナ。行きましょうか」

「はい」


 昨日カルミアが滞在した部屋は大神官の部屋の一室だった。そこから裏口を通り、神殿の外にでる。

 出口は街のはずれの森の前だ。

 大神官の部屋には火の神石が置いてある。いざとなれば大神官はそれを持って神殿を脱出する。そのための隠れ通路だった。

 神石は大神官以外の者が触れることは許されず、今日も大神官はそれを持って王宮に赴いている。もちろん、懐にいれ、誰にも悟られないように。


「ここからでいいかしら」


 森に入り、拓けたところに出たクロエはそう言って額の真っ赤な神石のかけらに触れる。するとふわりと彼女の体が浮いた。


「か、いえ、エレナ」

「はい」


 クロエに呼ばれ、彼女も同様に額に触れる。

 フードは深く被ったままだ。

 徐々に空高く登っていくクロエに、カルミアはついていく。

 そうして二人はシュイグレンへ出発した。

 

 フォーグレンとシュイグレン、今は王族の婚姻という形で和平を実現している。けれども五十年前までは戦っていた両国だ。国境の検問を無視するわけにいかない。

 それなので、二人はシュイグレンの国境近くで降り立った。


「これは火の神官様」


 どちらの国でも神官は神に使えるもので、その神の力の一部を使える存在。したがって畏怖もしくは尊敬対象であった。

 検問のため立っていたシュイグレンの兵士たちの場合は、尊敬対象だったらしく、二人の姿を見ると立ち上がった。

 しかし、その目線がどこかおかしい。

 カルミアは視線をたぐって、それがクロエの胸辺りなことに気がつき、二人を睨んでしまった。

 それで兵士は自分の失態に気がつき、慌てて頭を下げた。


「つ、通行証を確認してもよろしいでしょうか?」

「いいわ」


 クロエは背負っていた袋から、小さな筒を取り出し、そこの丸めて入ってあった紙を見せる。


「火の上級神官クロエ様。確かに。で、こちらは」

「下級神官のエレナよ。私の助手」

「よ、よろしくお願いします」


 エレナは先ほど胸ばかりを見ていた兵士への怒りを忘れ、頭を下げた。


「あ、あの頭をお上げください。神官様」

「こちらの通行書にはクロエ様のお名前しか書かれておりません。そちらの神官様は」

「私の助手。色々手伝ってもらう必要があるのよ。一人じゃ大変でしょ?」


 クロエは色っぽく微笑みながら言うと、兵士たちの顔がとたんだらしないものになった。


(え、クロエ様。そんな風に……)


「わ、わかりました。どうぞ。お通りください」

「ありがとう。感謝するわ」


 クロエは二人の兵士に礼を言い、カルミアはこれと言って何も検査されることもなく、検問を通過した。


「あの、クロエ様……」

「エレナ。さっきことは絶対に大神官様には言わないでね。怒られるから」

「は、はい」

「こんな真似、一回だけよ。本当男ってどうしようもない」


 進んでしたいわけではないらしく、クロエの表情が少し暗い。


「クロエ様。すみませんでした」

「もう謝らないの。ただちょっと色仕掛けとか神官がすべきことじゃないからね。帰りは別の手段で行きましょう」

「はい」


 カルミアが頷き、クロエが再び浮上する。ここからは真っ直ぐ水の神殿に飛ぶ予定だった。クロエを追いカルミアも飛んだ。



 

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