第7話 神使人とは?
「よかった。先に掃除を頼んどいて」
クロエの借家は小さな庭があり二階建て。一階に台所、浴室と居間がある。二階には二つ部屋あった。
「可愛い家だね。俺も住みたいな」
そんな冗談を黒髪の神官テニウスが言い、クロエは思いっきり無視していた。
「さあ、ここで話しましょう」
ちょうどよく長方形のテーブルに四脚の椅子があり、クロエは座るようにみなを促す。
「さて、まず神使人(かみひと)が何か教えてもらってもいいかしら」
「その前に、カルミアちゃんのこと説明してもらえる?」
「せ、説明ってなんですか?」
「カルミア、動揺しすぎ」
「可愛いね。そう思わない。ゼランも?」
テニウスに話を振られたゼランは、無視だ。
(そ、そうよね。うん)
「それで、テニウスさんはどれくらい知っているの?カルミアのこと」
「あ、俺に先に聞く?まあ、いいけど。ゼランから昨日聞いたばかりなんだけど」
そう言い始め、ゼランが少し顔を顰める。
(ゼラン王子も知っているんだ)
「えっと、フォーグレンの王女で、火の神官。十六歳。ゼランの結婚相手」
「全部知っているのね」
「ゼランから聞いたからね。昨日」
淡々と答えるテニウスに対して、ゼランは無言を通している。
「まあ、味方というか、わからないけど。そこまで知っているなら、これも話しておくわね」
「クロエさん?」
「カルミアは神官をやめて結婚するのが嫌で、王宮を飛び出したの。火の神殿で匿うには厳しいから、水の神殿に火の神官として連れてきたのよ」
「なる、え?逃げ出したの?」
テニウスは驚き、そこでやっとゼランがカルミアを見た。
(ものすごい見られている。でもなんていうか、表情が読めない。何考えているんだろう。うーん)
「そんなに嫌だったの?この結婚」
「そ、そうじゃないです!」
カルミアは慌てて答えた。少し大きな声になってしまい、彼女は口を抑える。
(何、興奮しているのよ。結婚だって嫌だったじゃない)
「カルミアは神官を辞めるのが嫌で、王宮を飛び出したのよね?神殿の意志も無視したものだったしね」
「ひっどいね。それは。なんていうか、君嫌われてる?」
「ちょっと、なんてこと聞くのよ」
(テニウスさん。はっきり言い過ぎ。でもわかるよね)
「えっと、まあ、嫌われていると思います」
「ゼランと一緒だね」
「え?」
(一緒って)
「余計なことを話すな」
そこで初めてゼランが口を挟む。
「そうね。それはのちのちで。とりあえずカルミアのことは教えたわよ。次、今日私たちを襲った人たち。神使人(しんしと)って何?水の神官ではないの?」
「あいつらは水の神官ではないよ。敢えていうなら水の神官の敵。神石のかけらを使って、悪事を働く奴らだ」
「え?神石のかけらって、神官以外でも使えるんですか?」
「使えるよ。神に気に入られた者には力を与えられる。十歳の時に試験があるだろう?普通はその時点で選抜されて、神殿に入るんだけど、稀に漏れることがあるんだ。そういう者は時に悪い奴らに利用される。もしくは自ら望んで悪事をする」
「信じれられないわ」
「火の神殿ではないんだね」
「聞いたことないわ」
(そんなことあるんだ。信じられないけど)
「水の女神は俺たちがハメを外しても、力をとり上げようとしないし、割とおおらかな方なんだ」
(おおらかっていうか)
「おおらかっていうか、適当?」
「ははは。だめだよ。そんなこと言ったら」
カルミアが思ったことをクロエが代弁し、テニウスは笑う。
「まあ、水の女神のおおらかさはわかったわ。それで、どうしてその神使人(しんしと)が私たちを狙うの?その理由はわかる?」
「予想はできるよ。神使人はごろつきだからね。汚い仕事を引きうける。大方、誰かに襲うようにいわれたんだろうね」
「誰かって?」
(フォーグレンに火の神殿に喧嘩を売るような人がいるの?)
「誰かっていうのは、俺にはわからない。ただ、シュイグレンで、神石のかけらの力で火の神官が死ねば、何が起きると思う?」
「戦争?」
「そう、火の神殿は水の神殿に抗議して、悪くて戦争だよね?戦争が終わって五十年、まだ戦争したいって思うアホな人がシュイグレンにいるみたいなんだ。それはフォーグレンも同じだと思うけど?」
テニウスが含み笑いを浮かべ、クロエは眉を顰める。
「ええ。同じだわ」
(戦争をしたいって思っている人がいるの?信じられない)
「では、神使人は、カルミアをまだ単なる火の神官だと思っているのよね?」
「そうだっただろうね。襲った段階では。でも、君は彼女の名前を呼んでしまった。だから今は、彼女が誰か、わかっているだろう」
テニウスから指摘され、クロエは驚いた後悔しそうに唇を噛んだ。
「まあまあ。起きたことはしかたないよ。だから、俺たちが君たちの警護をする。だから一緒に住んでいい?」
「は?」
「ほら、部屋ふたつあるじゃない。一部屋に二人住めば、ぴったりじゃん」
「私は反対だ。何もここに留まることはないだろう。私とお前が交互に外で見張ればいいんだ」
「え?嫌だよ。そんなの。疲れるじゃん」
「あ、あの、そんな守りとかなくても大丈夫です。ね、クロエさん」
「ええ、必要ないわ。私たち二人だけで大丈夫」
「そんな、遠慮しなくても」
「遠慮ではないわ。出て行ってもらえるかしら?今すぐ」
「え?今すぐ。お茶もまだ飲んでないのに」
「今日到着したばかりで、何にもないの。助けていただいたお礼はまた今度するわ」
「えっと今でもいいんだけど」
テニウスが手をサワサワと動かしたのを見て、クロエは完全に軽蔑した目で彼を見る。ぜランはただ呆れている様子で、カルミアはなんだかおかしくなって笑ってしまった。
「カルミア。今は笑うところじゃないんだけど」
「そうだよ。カルミアちゃん」
「お二人のやりとりが面白くて」
カルミアが王宮で一ヶ月間、ただひたすらマナーなどを学んでいる時間は退屈で、寂しくて嫌だった。
神殿でもクロエなど一部の神官に彼女には優しかったが、他は一定の距離を保って彼女を眺めるだけ。
たまに絡んでくる神官もいた。
神殿には嫌な思い出もあった。王宮に比べると格段によかったが。
「面白いんだね。ふうん。ゼランはまったくそう思っていないみたいだけど」
(ゼラン王子?)
「まったくだ。無駄な時間だ。さあ、テニウス。外に行くぞ。お前が残りたいなら残ればいい。まずは大神官様に報告せねばいかん」
「そうだった。あ、でも一人残ったほうがいいよね」
「その必要はないわ」
「残ったほうがいい。そうだ、俺が報告に戻る。ゼランが残って。親睦を深める機会だろ?」
「親睦?!」
カルミアとゼランの声が重なった。
「息ぴったりだね。じゃあ、俺は報告に行く。またね。クロエさんにカルミアちゃん」
勝手にそう決めて、黒髪の神官テニウスは出て行ってしまった。
(ゼノン王子と二人っきりだ。いや違う。クロエさんもいる)
「さて、私は二階に上がって部屋の様子を確認するわ。カルミアとゼラン王子はゆっくり話していて」
「は?」
「え?」
テニウスと同様にクロエも手をひらひらと振ると部屋を出て行ってしまった。
残されたカルミアとゼランはお互いを見つめる。
(うわあ。綺麗。これは目の保養。違う違う)
カルミアは最初そんなことを思っていたが、ゼランの視線の冷たさに心が冷えていった。
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