第8話 二人で買い物
「あなたはどうするつもりなんだ?」
ふいにゼランが問いかけてきて、カルミアは驚く。
「あなたと私の婚姻のことだ」
(婚姻。聞いてきた!でも全然表情が変わらない。何を考えているのかわからない)
なとなく寂しい気持ちになったが、カルミアは正直な気持ちを吐露する。
「結婚なんて考えたことがなかったので戸惑ってます。私、神官として暮らしていたので王族の意識が低いんだと思います」
実際、王宮にいても教育もされず王女扱いはあまりされていなかったので、これは彼女の問題ではなかった。
「私も一緒だ。私にはたくさんの兄弟がいる。私は一番下で、隣国と縁を結ぶ役は私ではないと思っていた」
「そうなのですね」
(話を聞かされた時はびっくりしたでしょうね。私みたいに逃げ出そうとはしなかったみたいだけど)
淡々と語るゼランから考えを読み取ろうとするが、表情が変わらないのでカルミアには彼が何を考えているのかわからなかった。
「あなたは逃げたみたいだが、逃げ切れると思っているのか?」
「そ、それは」
本当は神殿に迷惑をかけるつもりはなく、そのままどこかに逃亡する予定だった。神殿と王宮しかしらない自分がどこかで暮らす、想像できなかったが、神官という立場を剥ぎ取られ、王女として隣国に送られるのは嫌だった。
「私から知らせるつもりはない。逃げたいなら逃げるがいい」
(え?なんていうか、無関心すぎる)
「えっと、ゼラン王子はそれでよろしいのですか?」
「ゼランと呼べ。あなたも王女だろう?私はあなたをカルミアと呼ぶつもりだ」
「あ、あの。ではゼラン様」
(なんていうか名前呼ばれてドキドキした。なんていうか恥ずかしい。向こうは私が名前呼んでも全然反応が変わらないのに)
「現時点で両国の王族が結びつかなくても、すぐに戦争にはならないはずだ。だから、私は構わない。私も乗り気ではないからな」
(あ、やっぱり。そうよね。だって、ゼラン王子、ゼラン様、めちゃめちゃモテそうだもん。この美貌。よりどりみどりなのに、私みたいなやつとは結婚したくないよね。髪だって剃って、女らしくないし)
神官であることにカルミアは誇りを持っている。
髪を剃っていることに後悔はない。しかし、結婚となると別だ。やはりそれなりに夢を見てしまう。
(だめだめ。馬鹿なことは考えない。私は一生神官でいたいんだから)
「話終わったかしら?」
遠慮気味にクロエが間に入ってきて、カルミアとゼランは今度は買い物に行かされることになった。
「本当ご迷惑おかけしてすみません」
「謝る必要はない。火の神官の支援は私が任された仕事だ。警護もしたほうがいい。それにあなたはシュイグレンは初めてだろう?」
「はい」
買い物のメモを渡され、二人は家から送り出された。
その間にクロエが浴槽や台所などを確認するらしい。本当はカルミアがその役目をしたかったのだが、二人で行ってきてと半ば強引に追い出された。
「えっと、まずは小麦粉ですかね」
「小麦粉か。あちらに製粉所がある。着いてこい」
話し方は王子そのもので横柄。しかしゼランの行動は親切だった。無表情だがカルミアの歩調に合わせて歩き、時折疲れたか確認する。
(いい人だなあ。ゼラン様って」
彼の隣に並びながら、少し居心地よく感じ始めていた。
☆
「ただいまー。あれ、クロエさんだけ?」
「ただいまって、ここはあなたの家ではないわ」
「まあ、堅いこと言わないでよ。ほらお土産」
「苺タルトだわ」
「美味しそうでしょ?俺のおすすめ。カルミアちゃん、喜びそうなんだけど、二人は?」
「買い物に行かせたわ」
「気が利きますね。クロエさん。それでは我々大人も」
顔を近づけたテニウスの顔を思いっきりクロエは引っ叩いた。
「今度近づいたら、焼くわよ」
「怖いなあ。クロエさん」
「それで、大神官様には報告したの?」
「はい。とりあえず現時点で泳がせる方向だって」
「悠長なものね。何かあったら遅いわよ」
「まあ、俺もいるので大丈夫ですよ」
「自信過剰。私、そういう人大嫌いなのよね」
「え?」
テニウスは大袈裟に傷つついた表情を浮かべる。
「わざとらしいのも嫌い」
「じゃあ、どうすれば?」
「自然体で。無理しなくていいわよ。そうね。大人の時間だからお酒でも飲む?」
「へ?」
「飲みましょう!」
火の神官の中にも風紀を乱すものがいる。それはクロエだった。家主に頼んで運んでもらったお気に入りのワインの栓を抜き、ラッパのみし始めた。
買い物を終わらせてカルミアたちが家に戻ると、大の大人二人は昼間っから酒に溺れてヘベレケだった。
カルミアは驚いておろおろし、ゼランはクロエを叱るわけにはいかないので、テニウスにたっぷり説教を聞かせる。
こうして、シュイグレンの1日目は賑やかなに過ぎて行った。
動けないテニウスは借家に泊まることになり、監視としてゼランも宿泊。
「カルミア。王子はどう?結婚したくなった?」
「クロエ様、声、声が大きい」
お酒が抜けていないクロエは笑いながらそう言い、カルミアが慌てて彼女の口を押さえた。
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