第9話 視線

 泥酔していた彼女だが、部屋に戻るといつものクロエで、カルミアは戸惑った。

 その上、ゼランの印象を聞かれ、困りながら今日の買い物の様子を彼女に聞かせる。


「何考えているかわからないわね。それじゃ。まあ、悪い人ではないのね」

「は、い。いい人です」

「いい人ね」


 意味ありげに微笑み、クロエはカルミアの頭を撫でた。


「カルミアの好きなようにしなさいね。私も、大神官様も応援するから」

「はい」


(応援ってなんだろう。これ以上迷惑かけたくない)


 ☆


「ほら、行くぞ。世話になったな。また神殿で」

「はい」


 朝早くゼランは、まだ寝ぼけているテニウスを連れて神殿に戻っていった。


「朝食を提供しなくてもよかったのですかね」

「必要ないでしょ?それとも一緒に食べたかった?」

「そんなことありません」

「可愛いわね。カルミアは」


(なんかクロエ様、あのテニウス様に似ているような?もしかしてお二人は似た者同士?あ、でもクロエ様はあんな変な人じゃないし)


「カルミア、おかしなこと考えてないでしょうね?」

「か、考えてませんよ。ほら、昨日買ってきたパンにハムを挟んで食べましょう」


 カルミアは少し慌てて、パンを入れた紙袋を探しに行く。昨日は朝食用にパンとハムを購入していた。卵は時間が遅かったためか売り切れで、落ち着いたら商店にまた行く予定だった。


(昨日お店を教えてもらったから大丈夫。かつらとか服とか買ったし)


 髪を剃った女性などシュイグレンにはいない。

 なので、普通に買い物すればすぐに火の神官だとバレてしまう。また神石のかけらを使えば、神使人(しんしと)には気配で居場所を特定される。なので、ゼランの発案で、カツラを購入した。その流れで服を買うことになり、昨日は服屋にも行った。

 一緒に選んだりしてはいない。けれどもカルミアはゼランと一緒に買い物するのが楽しかった。


「ニヤニヤしてるわよ。カルミア」

「へ?」

「楽しかった?あれ、これかつらじゃない。服もある。あ、可愛くないわ。なんだ。服とかも買ったの?今度は私も一緒に行くわ。それとも、ゼラン王子と一緒がいい?」

「そ、そんなことはないです」

「照れちゃって」

「照れてません」


(なんで昨日会ったばっかりなのに、そんなわけない。クロエ様も人が悪い)


「あ、怒った?ごめん。もうからかわないから。でも、かつらはいい案ね。今日は神石のかけらを使わないで、変装していきましょう」


 クロエはなぜか張り切っていて、カルミアは少し嫌な予感がしながらも頷いた。

 朝食を食べ、それから服選び、化粧、色々準備をして家を出たのは一時間後だった。

 クロエは家主に許可を取り、事前に服なども購入し、家に置いていたようだった。

 クロエの服をカルミアが着ると、胸とお尻の部分の布が余り、不恰好になる。結局昨日選んだ服を着ていくことになった。


「地味ねぇ。まあ、町娘って設定だったら、これでいいのかしら」

「クロエ様は、ちょっと派手じゃないですか?」

「え?そう?フォーグレンにいると色々できないでしょう?だから好きな服を着ようと思って」


 カルミアはかつらは褐色の長髪。背中で一括りにできる長さのものだ。服は茶色のスカートに白いシャツ。

 対するクロエは昨日カルミアが似合いそうと購入した赤茶色の巻き毛。彼女の見立てはよくてクロエによく似合っていた。服はクロエが事前に自身で購入したもので、上と下がつながったスカート。襟口が大きく、胸の谷間が見えそうで、同性なのにカルミアはドキドキしてしまった。


 家を出てから神殿に向かう。その時好奇の目、ぽっぱらはクロエの胸に向けられた視線はあったけれども、襲ってくるものは誰もいなかった。

 そうして神殿に到着すると待ち構えたようにテニウスがやってきた。


「遅いよ〜。待ちくたびれちゃった。あ、でも、その格好イイ」

「少しでも動いたら、その綺麗な顔を焼くわよ」

「スミマセン」


 ゼランが綺麗すぎて目立つせいで、テニウスの顔も整っていることに、カルミアはやっと気がついた。

 伸ばしかけた手を下ろし、テニウスはクロエから一歩引く。


(テニウス様は面白い人)


 カルミアは可笑しくて思わず顔を綻ばせる。


「なんだ。ゼラン。不機嫌そうだな」


 テニウスの言葉で、彼女は彼の背後にゼランがいたことに気がつく。


(不機嫌?ゼラン様は表情が変わらないからよくわからない)


 よく見ようとゼランを目で追うと、ふいと顔を逸らされてしまった。


(じっくり見られるのは好きじゃないよね。うん。これは私が悪かった)


 気を取り直して、カルミアはクロエに視線を戻す。


「今日は神殿の案内、お願いできるかしら?」

「もちろん。その前に神官の制服を着てもらってもいい?その格好ずっと見ていたいんだけど、周りがねぇ」


 テニウスがそう言って、周りを見渡すと水の神官たちがわざとらしく動き出した。


(……クロエ様を見ていたのかな?)


 制服を持ってきていたので、クロエとカルミアは個室を借りると着替え、テニウスとゼランに水の神殿を案内してもらうことになった。


 ☆


 (この雰囲気、同じだ)


 水の神殿を歩きながら、カルミアはそんな印象をもってしまった。それは水の神殿が火の神殿と似ているという意味ではなかった。

 水の神官たちが、ゼランに向ける視線がカルミアが王宮で浴びてきた視線と重なるのだ。


 ー火の神官でもタラシこむつもりか?

 ーお堅い火の神官でも、あの綺麗な顔を見れば堕ちるかもな。


 水の神官たちは本当に神官らしくない下卑た話が好きらしく、クロエは眉を顰め、カルミアは居た堪れない気持ちになって、ゼランを横目で見てしまった。

 しかしゼランは興味がないとばかり、真っ直ぐ前を見ている。


(ゼラン様は私とは違うわ)


 フォーグレンの王宮で、彼女はいつも俯いていた。


(でも、ゼラン様は前を向いている)


 カルミアはゼランの横顔をそっと見つめながら、彼への好意がさらに大きくなるのを感じた。




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