第16話 和平への道
「クロエ様」
テニウスが王宮へ喚問された日、クロエは落ち着きなく家の中を歩き回っていた。
喧嘩ばっかりしているようでも、クロエはテニウスのことをかなり心配しているようだった。
(クロエ様、テニウス様のこと好きなのかな?お似合いだけど。でも結婚したら神官やめないといけないし)
火の神官は基本乙女である。
結婚もしくは恋人ができた場合、還俗させられる。
水の神官については、童貞でなければならないことはない。しかし結婚となると、水の神官ではいられなくなる。
(テニウス様は神殿に命を捧げるみたいなこと言っていたから、結婚する意志はないんだろうなあ。そうなるとクロエ様は……)
「ちょっとカルミア。さっきから私のこと見過ぎよ。変なこと考えてるんじゃないでしょうね?」
「そ、そんなこと考えてませんよ」
(テニウス様との仲を気にしていたとか言ったら、絶対に怒られる)
なので、カルミアは笑いながら、何か別の話題を提供して、言い逃れようとする。
(そうだ!)
「クロエ様。お疲れ会の準備をしましょう」
「はい?」
「ほら、ゼラン様も言ってましたよ。テニウス様は絶対に罪に問われないって。だから王宮から戻ってきたら、お疲れ会をしましょうよ」
「……ゼラン王子がそう言ってくれるなら安心ね。でも、王宮から戻ってきたら、こっちに来るかわからないわよ」
「来ますよ」
「ゼラン王子がそう言っていたの?」
「そうですけど」
「なんやかんや、うまくいっているのね」
「うまくってどういう意味ですか?」
「さあ?」
「クロエ様、誤魔化さないでください」
「あなたこそ、さっきは何を考えていたの?吐きなさい!」
「ひゃー」
カルミアとクロエは笑いながら、居間を走り回り、疲れたところで、扉が叩かれた。
「テニウス?」
クロエは走り回って乱れた服を整えると、玄関へ向かう。
小さい穴から扉の向こうを確認してから開けた。
「クロエさん、帰ってきたよ」
(テニウス様だ。ゼラン様もいる!)
テニウスは迷うことなく、扉を開けたクロエをぎゅっと抱きしめた。
「ちょっと、何やって!」
「はあ、帰ってこれた。ちょっと心配だったんだ」
彼にしては珍しく茶化した様子もなくそう言い、クロエは彼の腕の中で抵抗するのをやめる。
「私が大丈夫だと言ったのに。信用してなかったのか?」
背後にいたゼランは心外とばかり、息を吐く。
最近のゼランは少しだけ感情を表に出すようになっていた。今も眉を顰めて、不服そうな表情をしている。
「ゼラン様もお疲れ様でした!」
カルミアは抱き合っている二人の横からひょっこり顔を出して、ゼランに労いの言葉をかける。
すると一瞬目が垂れ下がり、口元が綻む。
「ゼラン様!」
けれども本当に一瞬でいつもの無表情に戻っていた。
(笑顔初めて見た。綺麗だった〜)
一瞬見た笑顔を一生忘れないようにしようとカルミアは心に決めた。
王宮で、テニウスの父でもある王弟は、これまでの罪状すべてを調べ上げられ、北方で幽閉が決まった。本人は持っていた神石のかけらを使い抗おうとした。しかしその場にいたテニウスとゼランが同じく神石のかけらを使って、対抗し、無力化した。
裏切りもの、親殺しなど、酷い悪態をテニウスに浴びせるので、王の命令で王弟の口は布を塞がれて、退場となった。
王は甥でもある彼に優しい言葉をかけ、罪を問われることはなかった。女癖が悪いが、現在のシュイグレンの王は賢王として親しまれている。
それもあって娼婦から生まれたゼランへの風当たりが強くなっている。
ゼランと対峙した王は、カルミアとの結婚について尋ね、ゼランは進めてくださいと返した。
テニウスが思わずニヤリと笑い、ゼランは王の面前というのに彼に肘鉄を食らわせた。
「ゼラン王子は前向きなのね」
話を聞き終わり、クロエがニヤニヤしながら言う。
テニウスも同じような表情で、二人を見ている。
(えっと、私も、ゼラン様ならいいかもしれないって思う。でも神官はやめたくない)
「カルミア。ちょっと二人で話したいのだ。いいか?」
「は、はい!」
「ちょっと早まらないでよね」
「ゼラン。婚前交渉はよくないぞ」
「お二人とも!なんてこと言うんですか!」
堪らずカルミアは顔を真っ赤にして怒鳴る。
「冗談だよ。ゼランはそんなことしないよな」
テニウスがそう言うが、ゼランはそれに答えず、カルミアの手を引くと居間を出ていく。
着いたのは、庭で、ゼランは声が漏れないようにか、氷で壁を作った。
「ちょっと我慢してくれ。寒いかもしれないけど」
「大丈夫です」
(寒くない。涼しいくらいかも)
「カルミア。あなたがまだ神官でありたいという気持ちを私は知っているし、応援もしている。だけど、私は結婚するならあなたとしたいと思っている。だからまずは婚約してくれないか?」
「こ、婚約ですか?」
「嫌か?」
「いえ、そんなこと」
「クロエさんからあなたの事情も聞いた。私と同じようなものだな。あなたは好きなだけ神官の務めを果たしたらいい。私はずっと待ってる。あなたが神官を辞める時、私も辞める。そして結婚しよう」
「いいのですか?」
「もちろん。婚約するのは他の者にあなたを取られたくないからだ」
「そんなこと絶対あり得ませんよ」
「いいや。あなたは私の心を開いてくれた。感情を思い出させてくれた。そんなあなたを好きになる者はきっと出てくる。だから、これをあなたに贈りたい」
「指輪、ですか?」
「ああ。カルミア・フォーグレン。私と結婚してくれるか?」
「はい」
ゼランはカルミアの指に指輪をはめると、そっと触れるようなキスをした。
「ゼ、ゼラン様!」
「これくらいで、火の神も怒ることはないだろう」
「そ、そうだと思いますけど」
「カルミア。よろしく頼むな」
「はい、こちらこそ」
こうして、再びフォーグレンとシュイグレンの王族は結び付き、和平の道が保たれた。
クロエとテニウスは火の神が怒らない程度で付き合いを深め、二人はそれぞれ大神官になる。
カルミアは三十歳で、神官をやめ、還俗。そうして、シュイグレンに渡り、同じく神官を辞めたゼランと結婚した。
クロエは五十歳になり、大神官の座を後輩に譲り、還俗。シュイグレンに渡った。生涯テニウスは独身だったが、休日となると出かけ、その隣には寄り添うように女性がいたと言われている。
その後フォーグレンとシュイグレンの平和はさらに五十年間保たれ、火と水の神殿は盛んに交流を続けることになった。
(終)
結婚が嫌で逃亡した神官王女は逃亡先で結婚相手の神官王子に遭遇し、お家騒動に巻き込まれる。 ありま氷炎 @arimahien
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