第9話 サワメが買ったもの。
俺は会計を無事に終え、本屋の外へ出る。一息ついてあたりを見渡すと……いた。早速買った本をめくっているサワメが、通路の端の方に立っていた。
「サワメ」
声をかけながら、近づく。彼女はパッと顔を上げた。
「太地くん」
「あのさ、サワメ……さっきのやつ、レジの人びっくりしてたぞ」
サワメの今後のために、一応言っておくことにする。
「千円台だったらお札で払うとか、せめて五百円玉使うとかしないか?あと、レジで小銭ぶちまけるのもどうかと思うけど」
「……だって、封筒の中にお札なかったんだもん」
「五百円玉は?」
「なかったと思う」
しょんぼりしながら答えるサワメ。だいぶ反省しているようだ。
まあ、過ぎてしまったことだし、もういいか。
「サワメ、昨日から聞きたかったんだが……それ、何の本なんだ?」
買って手元に置いておきたいほど、サワメの心を動かす図鑑――そのタイトルは。
「……これ」
サワメは恥ずかしそうに、俺の方に本の表紙を向けてきた。
「『日本の神様図鑑』……?」
俺は目を疑った。サワメの、趣味なのか?
「日本神話、好きなの?」
「いや、別にそういうわけじゃないんだけど。なんか面白かったから」
「あ、そう」
ちょっと拍子抜けだ。サワメのような年頃の美少女は、どんな嗜好なのか把握しておきたかったが……日本神話、か。お社を見つけたのもサワメだし、もしかしたら神様とか好きなのかもな。
今度は逆にサワメの方から聞いてきた。
「太地君は何の本?」
「あ、これこれ」
本屋の紙袋から、先ほど買った本を出す。
「シリーズものらしくて、何巻かあるみたいだけど。今回はとりあえず第一巻だけ。読書感想文、これで書こうかと思っていて」
「ふうん。読書感想文か……」
「サワメもあるの?」
「ないよ。てか、夏休みの宿題ないんだよね」
さらりと言ってのけたサワメに、俺は驚いて聞き返してしまう。
「ええ!?宿題ないの?」
「うん。まあ、強いて言うなら……いや、ないよ、うん」
「まじかよ……羨ましい」
そんな俺の呟きを受け流し、サワメは「あ」と言った。
「なんだよ」
「なんかおなかすいてきちゃった」
「何が言いたい」
「……なにか、食べよ?」
「うーん、お昼じゃあないし……タピオカでも、飲みに行くか」
さっき本屋に来る前、サワメが立ち止まって動かなかったタピオカ屋さん。それを思い出して提案したときの、サワメの顔と言ったら。
太陽を間近で見るよりも輝いているんじゃないかってくらい、眩しかった。
*
そんなこんなで、サワメとの日々は光の速さで過ぎて行く。部活も宿題も合間合間にあるけれども、それでも俺の夏休みがこんなにも輝いているのは彼女のおかげだろう。夏休みの少し前に出会い、初日は遊びに行く計画を立て、一緒に図書館で勉強したり、本屋さんに行ったり。そこで分かったサワメの趣味は、ちょっと拍子抜けだったけど、でもやっぱりアイツは変わらなくて。本を買ったあとのタピオカ屋さんでも、サワメは小銭をぶちまけやがったし。
誰もかれもが振り向くような美貌を持っているくせして、性格というか、内面はただのおっちょこちょい。天然ボケと言ってもいいかもしれない。わがままで、自己中で、はっちゃけすぎてるアイツだけど……それでも俺が一緒にいたいと思ってしまうのは、彼女が持つ魅力だけの力ではないだろう。
そして、明日は、待ちに待ったトランプランドへ遊びに行く日だ。サワメとは、またいつもの竹林前で待ち合わせになっている。
「遊園地か……いつぶり、だろう」
遠い昔に、誰かと行った記憶があるが、あまり思い出せない。
「ま、とりあえず明日、楽しむか」
ひとり呟き、ベッドに潜る。
*
「おっはよーございまーす」
今日のサワメは少し変わっていた。というのも、いつもの白Tシャツデニムの姿ではなく、それにプラスしてクリーム色の薄手のパーカーを羽織っていたのだった。
「おはよ……って、サワメ。その上着、どうしたの」
俺は、そのパーカーに見覚えがあった。この間行った駅ビルの中に入っていた洋服店の、目玉商品ではないか。UVカットの性能が良いという、薄手の上着……サワメも、ちゃんとほかの洋服持ってたんだな。
「ああ、これね」
なぜか感傷に浸っている俺を見て、サワメが嬉しそうに言った。
「前に太地くんと一緒に行った駅のところのお店に、行ってきたんだ」
サワメはくるりと一回転。
パーカーの裾もふわりと舞う。
「ええ!一人で?」
「うん。太地くんが部活やってる間に」
「また小銭で支払ったんじゃないだろうね」
「え、そうですけど、なにか?」
相変わらずのサワメに、俺は苦笑する。
「もちろん、今日もお金持ってきてますからね」
パーカーのポケットから、毎度おなじみ白封筒を取り出す美少女。太陽の光の下、チャリンという小銭の音が響いた。
「じゃあ、今日はまず『トランプランド』行きますか!」
俺の声に、サワメが「オー!」と拳を上げた。
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