第5話 予定は合いますか?
「あーー!太地くーーん!」
校門を出て左を向くと、竹林の前あたりで誰かが手を振っているのが見えた。黒髪を風にたなびかせながら目一杯俺に向かって両腕を振っているヤツが、サワメという名前の少女であることは、明白だ。
俺も手を振り返す。
「もしかして、ずっと待ってた?」
彼女のもとに辿り着いて一番、俺はそう聞いた。すると、サワメは泣きそうな顔で言った。
「ずっと待ってたよ……!太地くん、またお昼にねって言ったのに、もう半刻も過ぎてるよ!?」
半刻? 時計を見ると、午後一時だった。
「あ、すまん」
即謝罪した俺に対して、サワメは何故か上から目線。
「許す。太地くんだから、許す」
じゃあ他のやつだったら許さないのかよ……というツッコミは置いといて、俺は聞いた。
「で、今日はサワメは何したいんだ?」
「よくぞ聞いてくれました!」
ポーズを決めるサワメ。
「今日は、夏休みの予定を立てまーーす!」
……予定?
頭の中で、その二文字をグルグルさせる俺にサワメは言った。
「だーかーらー、これから太地くんと私は、たっくさん遊ぶでしょ?」
「え、それ決定事項なんだ」
「当たり前だよ!サワメを泣かせた罰なんだから」
「……はいはい」
「それでね、いつ、どこに、どうやって行くか決めよ! ね?」
なるほど、サワメは俺と遊びに行く計画を立てたいのか。そうだ……あの日の放課後、俺は確かに約束してしまったんだ。“俺の夏休みを、サワメにあげる”と――――その約束は、守らねばなるまい。
「わかった。でも、どこで話す?てか俺まだ昼ごはん食べてねえんだよ」
一応、帰り道に食べる用の軽食は持っている。しかしお昼ごはんは解決できたとしても、話す場所が……とにかく、屋内に入りたかった。炎天下立ち話だなんて、熱中症で倒れてしまう。
「あー、それはね」
サワメが爽やかな笑顔を弾けさせた。
「サワメがとーっておきの場所知ってるから、そこで話そ?」
*
彼女が俺を連れてきたのは……例の竹林の中だった。鬱蒼とはしていないが、竹の葉の緑が、夏の日差しをうまく遮ってくれていた。涼しくて、葉がこすれる音も心地よい。
「この……中で話すの?」
「うん、そうなんだけどね。もう少し奥へ行くとね……」
そう言いながらサワメが俺の手を引く。まだまだ竹林は続きそうだった。
外観からはわからなかったけど……こんなにこの林って広かったっけ……?
考えているうちに、竹の合間から何やら建物が見えてきた。
緑の中に、溶け込むようにたたずんでいる、瓦葺の屋根。
「じ、神社……?」
おそらく最近作られたものではないであろう、厳かな雰囲気。とても古い建物だが、ぼろいと言ってはいけないような、そんな姿をしている。そして、その建物の前には参道の痕跡らしき石畳の道が伸びていて、俺たちから少し離れたところに、眩しい朱色の鳥居が立っていた。
「そうだよ」
サワメが俺の方を向いてにっこり笑った。
「サワメが……最近見つけた、秘密基地。神社の名前わからなかったから、単に『お社』って呼んでいるんだけど……」
竹がサワサワと音を立てた。風が、気持ちよかった。太陽の光が少しばかり注いでいる、小さなお社。俺はその、幻想的な風景に目を奪われていた。
「サワメ、すごいな」
無意識に声が出ていた。
「俺……すげえここ好きだわ。いいとこ見つけたな、お前」
鳥居の周りを回ってみたり、社殿の後ろ側も覗いてみたり。苔むした石段もまた、趣深さを醸し出していた。
「えへへ、いいとこでしょ」
サワメがまた笑う。
夏の昼下がり、竹林の中で見つけたお社……そのそばで、美少女と二人きり。
うん、いいシチュエーションなんじゃない?
別に何か希望があるとか、何かと比較しているわけじゃないけど、俺の心は満たされたような心地だった。
「それにしてもさ、この鳥居……」
俺は朱色に触れながらサワメに聞いてみる。
「赤が綺麗だよね。社殿は古めかしい感じなのに、鳥居だけずっと綺麗だったのかな?誰か塗ったとか?」
しかし彼女も知らないようだった。
「私が最初に見たときから、ずっとだよ。確かにほかの建物とは何か切り離されている感じするよね、時代とかが」
……なるほど、時代が違うのか……?にしても、ピカピカすぎる。もしかして最近になって神社の管理人かなんかが整備したのかもしれないな、俺はそう思うことにした。あ、あと神社の名前も気になるな。鳥居の上部に付けられているはずの額が、これにはなかった。普通はそこに神社名が書いてあるはずなんだけど。
この大きさの鳥居なら、ついていることが多いのに……ふと目をこらすと、わずかに額がついていたことを伺わせる跡が残っていた。古くなって落ちちゃったとかなのかな……?
そのときだった。
「たーいーちーくーん」
不機嫌そうな少女の声がした。
「考え事してないで、夏休みのはなししようよー」
みると、サワメが頬を膨らませながら腰に手を当てて立っていた。子供じみた怒り方なのに、なぜかサワメがやると、様になっていた。見た目は女子高校生なのに。
「はーい、すんませーん」
なんだか俺、サワメに対して謝ってばっかだな。
そう思ったが、口には出さない。
鳥居について考えるのをやめて、俺はサワメが立っている社殿の賽銭箱前の石段まで走った。
「さあ、夏休みなにするか、考えよう!」
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