第6話 ふたりは、お社に。


 夏の蒸し暑さを忘れられるような、林の中に二人――。


 俺とサワメは神社の石段に腰掛けながら、夏休みの予定を練っていた。


「まずサワメ」

 俺は美少女の目を覗き込む。

「ぶっちゃけ、何したい?三つ、あげていいよ」


 するとサワメはしばらく考えてから、口を開いた。


「遊園地、行きたい」

「遊園地……?最近市内にできた、トランプランドか?」

「うん……どこでもいいから、遊園地に行く」

 トランプランドは、一か月前ほどにリニューアルオープンした結構大きな遊園地だ。その名の通り、トランプをモチーフにしたデザインのアトラクションが人気を博している。

「わかったわかった、あとは?」


「んー……行きたいとこ……」


 サワメが首をかしげる。


「ないかも」


 これには俺がずっこけた。


「おい!?俺にさんざん『夏休みをください』とか言っておいて、まさかの行きたいところ一か所ですか!」


「だって、よく知らないんだもん」


「お前それでもJKかよ……」

 

 でも、行きたい場所がないのなら致し方ない。


「じゃあ、俺の希望言っていい?」

「いいよ」


 俺は、さっき思いついた夏休みのうちにやってみたいことを、サワメに提案してみた。


「この神社のこと調べたい」


 サワメが目を見開いた。


「ええっと……それは」


「俺さ、こういう秘密基地みたいなとこ、好きなんだよね。神社の名前も、いつ建てられたのかとかも、あとなんで鳥居だけ新しい感じなのか、とかさ」

 

 調べてみたいんだけど……どうかな。そう言った俺に、冷たい目線を向けてくるサワメ。


「古文、嫌いなくせに、歴史は好きってこと?」


「いやぁ……別にそういうわけじゃあ……あ、でもこれは歴史っていうより、謎解きじゃね?」


「いや?もし調べるとしても古典とか出てくるんじゃないの?」


 なおも突き放そうとするサワメ。

 あれ、俺が古典嫌いなことサワメに言ったっけ……?まあいいや、でも俺はこの夏休みを使って、調べてみたいんだ。


「サワメ……頼むよー。俺、来年受験だからさ、こんなに自由に遊べるの今年が最後なんだよ」


 そう――今年度が終われば、俺は高校三年生。部活も引退して、大学を目指さなければならない。どうせサワメにあげると言ってしまったこの夏休み……まだ知り合ったばかりのヤツと、まったく新しいこと――例えば神社の謎解きとか――をやってみたかった。


「だから、お願いだ。俺と一緒に、この神社について調べようぜ」


 しばらくして、サワメが返事をしてくれた。


「いいよ、私は別に興味ないけど、太地くんの望み、聞いてやらなくもない」

「なんだよー、その言い方。神様みたいなかんじ」

「えっへへー、わがまま聞いてあげてるのは、キミが太地くんだから、だよ?特別なんだからね」

「わがまま言ってるのはサワメの方だろ?」


 軽口を言い合うが、俺は素直にうれしかった。

 今どきの女子高生、古めかしい神社の歴史やらナンタラを調べるより、それこそ遊園地に行きたかったり、インスタ映えとかを気にしたりしたいだろう。そんな中でも俺の望みを聞いてくれたサワメは、やっぱり優しい子なのかもしれない。


「ありがとな、サワメ」

「ううん、こちらこそ」


 じゃあ、と俺はスマホを取り出して、検索ボックスに「トランプランド」と入力した。

「遊園地、いつ行くよ?サワメの予定はどんななの?」


「私の予定……?」

「そうだよ、お前だって学校の友達と、もう約束したりしてんじゃねーの?」

「……ううん、まだだよ」


 サワメが横に首を振る。なんだ、サワメのような美少女だったら、女の子はもちろん、男子連中からも予約が殺到してそうだが。


「んじゃ、いつでもいいってことな?」

「うん!」

「オッケー。じゃあ、えっと……俺の部活の予定は……っと」


 俺は写真フォルダを開いて、部活の予定表の写真を確認した。


「お、毎週火曜と木曜と日曜が休みだな」


 あとは、お盆休みがある。このあたりで、俺としては哀翔や亀広や柿田と遊びに行きたいところだ。


「サワメ、俺も火曜と木曜と日曜なら毎日空いてるぞ」


 俺がそう言うと、サワメの顔が一気に輝いた。


「そんなに!?うれしい!じゃあ毎日サワメと一緒に遊ぼうね」


「お、おう、わかった……」


 俺は、美少女の勢いに押され、頷くことしかできなかった。


「んじゃ、遊園地の話だけどさ火曜日は休みみたいだから」

 俺はトランプランドのホームページをスクロールしながら言う。

「来週の木曜に行く、でいいか?」


 今日は土曜。あと五日だ。


「ん、いいよ!」

 サワメも元気にうなずいた。


 そんなこんなで、俺とサワメの夏休み予定第一号が決まった。


 また、風が吹いた。気づけば、竹林に差し込む光がオレンジ色になってきていた。

 サワメと過ごしていると時の流れがひどく速くなる気がする。


「もう夕方か……」


 俺はズボンの尻を叩きながら、石段から腰を上げて大きく伸びをした。


「俺、もうそろそろ帰るわ」


「わかった。私も、帰る」


 サワメも立ちあがる。


 俺とサワメ、二人で橙色に照らされる。竹の葉が黒く光る。

 夏の夕日は、優しくお社を包み込んでいた。


「じゃあ、次に会うのは木曜日かな」


 俺はそう言って別れを告げようとしたが……。


「え?」

 サワメが、間抜けな声を出した。


「え?」

 俺も聞き返す。


 するとサワメはにやりと笑って俺を見た。


「違うでしょ……?太地君はサワメと毎日遊んでくれるんだから」


 美少女が、ゆっくりとほほ笑んだ。


「私と太地くんが会うのは、また明日だよ?」


「まじかよ……もしかして、束縛系……」


 俺が言いかけたセリフを、サワメの叫びがかき消した。


「ちっがーう!約束、だから仕方ないでしょ?」


 そして、サワメは手を振って去っていった。


「明日もまた、このお社で待ってるからね……」


 こんな言葉を、俺に残して……。

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