第7話 図書館デート?
「まったく……我ながら情けない」
翌日、午前九時ごろ。俺は例の鳥居の前に来ていた。
昨日アイツ――サワメは、明日も待っているからねとだけ言い残して去っていった。俺は、確かにサワメと夏休みを過ごす約束をしたが……部活の日以外は毎日遊ぼうだと!?ふざけてやがる……。
昨日までの俺は、そう思っていたのだが。
「結局来てしまうというね」
またひとり呟いて、ため息をついた。心の中では悪態をつきながらも、行動は正直だった。もっと、あの不思議な魅力を持つ美少女と一緒にいたいと、そう俺は思っているのかもしれなかった。
夏の朝を吹き抜ける、一陣の風。一瞬、竹たちがザワァっと大きく揺れた。その音にびっくりして思わず葉を見上げたとき。
「やぁ、やっぱり来てくれたんだ」
昨日聞きすぎたせいか、もう聞き飽きてしまった声が。
「太地くん、おはよう」
俺のすぐそばで聞こえた。
「ああ、おはよ」
声の主に目をむけると、やはり彼女だった。
「今日は部活ないんだよね?」
「うん、ないよ」
「じゃ、一日中一緒にいられるんだ!」
「……端的には、そうなるね」
サワメの目が、俺を捉えて離さない。
「とは言ってもね、私、特別やりたいことないんだよねー」
「なんやねーん」
大阪弁っぽくツッコんでみるが、サワメはそんなことお構いなし。飄々とした口調で、俺に言った。
「だから今日は……というか、遊園地行くまでは、太地くんのやりたいこと、やっていいよ!」
「……俺の、やりたいこと?」
「そうだよ、勉強とかだってしなきゃだろうし、あと昨日言ってた『神社の謎解き』」
「ああ」
俺の顔に笑みが広がる。やったあ、今日は自由なのか……?
「でも条件があるよ」
サワメの口角が、上がった。
「何やってもいいんだけどね……すべて、このサワメがもれなくついてくることを、お忘れなく」
……全然自由じゃなかった。
しょうがない。そこは割り切るしかないのだった。
*
一時間後……。俺たちは、お社から歩いてしばらくのところにある市立図書館へ来ていた。
「うおぉ~、トショカンだあ……」
なぜかサワメの目が煌めいている。
「なんだよ、来たことないのかよ」
「いやぁ、太地くんと来れたのが嬉しくて」
俺はそのセリフにしばし言葉を失った。こいつ……今なんて言った?俺と来れたのが嬉しくて……?
なんだよその不意打ちは。いくら冗談といえど、サワメにそういわれるだけで、心がどうにも落ち着かなくなる。
「たーいちくん?」
一人赤くなりかけている俺を、サワメがにやつきながら突っついた。
「なーに赤くなってんの?」
「いや別に?」
「嘘つけ」
「とっ、とりあえず中に入ろうか」
サワメの背中を押して、俺たちは自動ドアの中へと入っていく。
さすが公共施設、中の冷房の効き具合は良好だった。蝉の鳴き声から遮断された空間には、独特の静けさが漂っていた。
(太地くん、太地くん)
サワメもさすがに空気を読んだのか、無声音で俺に聞いてきた。
(図書館に何しに来たの?)
(勉強だよ、あと調べ学習もできるかなって思ってさ)
俺も、声を出さずに返す――そう、市立図書館は俺たちの目的を達成するには絶好の場所だったのだ。自習室があるから勉強もできるし、大量の郷土資料もあるため神社についてもわかるはずだ。そして何より――――広いし、たくさんの机やいすがあるから、サワメと一緒にいられる。
俺たちは早速自習室に席をとって、それぞれの作業を始めた。とはいっても、俺は勉強、サワメは本探しだが。
サワメが本棚の方へ歩き始めた時、俺はひそかに期待した。
「なあ、サワメ。もしかして、俺のために郷土資料、持ってきてくれるのか?」
「んなわけないじゃん」
彼女の回答は冷たかった。
「別に私、神社の名前とか調べなくてもいいし。興味ないんだから!」
そんなん、太地くんが自分でやりなさい!
そう言った彼女が、今戻ってきた。
何やら一冊の本を大切に抱きかかえている。そして、その題名を俺には見せないまま席についてそのページを繰りだした。
「なに、読んでるんだ?」
俺もいっとき勉強を中断して聞いてみたりしたが、彼女は「ううん、別に」と答えるだけ。見た感じ、オールカラーでソフトカバーの、図鑑のような本だが……同年代女子の趣味を、勝手に覗き見るのもアレだろうと、俺は引っ込んでいることに決めた。
お昼は持ってきた昼食を図書館の交流スペースで食べ、午後も引き続きお互い干渉せずに時間を過ごした。そんなこんなで、夏休み二日目は、もう終わろうとしている。俺は、夏休みの課題である数学のワークを終わらせた。数学は俺の得意教科……とは言っても、ワークの範囲は広すぎて、一日中その効果と付き合う羽目になってしまった。だからもちろん、神社の研究はできていない。
「サワメ―」
まだ自習室の机にかじりついている彼女の名前を呼んだ。アイツ……何やってるんだ?勉強?
「はーい」
ようやくサワメが返事をして、立ち上がった。その両腕に抱えられているのは……午前中も読んでいた、あの図鑑らしき本だ。
「お前……それ、一日中読んでたのか?」
「う、うん。まあね」
図鑑を一日中読むなんて、すごいな。素直に感嘆しながら、俺は聞く。
「どうすんだ?それ、借りて帰るのか?」
「借りる?」
「うん。貸出カード、持ってきてる?」
「……私、持ってない……」
そうなのか。市民なら皆持ってるものだと思っていたけど。
俺は拍子抜けしたが、すぐにこう思い直した。サワメは、この市に住んでいるのではないのかもしれない……と。
「じゃあ、しかたないな。それ、元のとこに戻してきな」
「……う、もっと読みたい……」
サワメは、その本をよりぎゅっと抱きしめた。しかし、しょうがないものはしょうがないのだ。
「あ、じゃあさ」
俺は提案する。
「明日は、本屋に行こうぜ。財布持って来なよ。たぶん同じ本あると思うから、買えばいいじゃん。そしたらそれは永遠にサワメのものだよ」
「そうする!」
サワメの顔が、一気に光り輝いた。まったく、わかりやすいやつだな……。
こうして、明日の予定も無事決まり……俺とサワメはそれぞれの帰路についたのだった。
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