第4話 夏休みが始まりました。
謎のワガママ美少女・サワメとの出会いから夏休みまでは、本当にあっという間だった。もちろん、つまらない古典の授業もあったし、いつも通り部活もあった。哀翔とも毎日のように喋ったし、和田さん(というか、女子全般)との距離感もそのまま。だけど、俺の毎日は、なんだか輝いているように感じていた。
それもひとえに、俺の前に突然現れた彼女のおかげだ――と思っている。夏休みというと、暑いし部活はあるし長いし課題もあるし、で毎年楽しみでは無かったのだが、今年はサワメがいる。いつもと違う夏休みになる。そう思うと、心も体も何だか軽くなったような気がした。
「あー、明日から夏休みかー」
俺の目の前で、崎崖哀翔が大きく伸びをした。
終業式を終え、体育館から教室へと戻ってきた俺たち。もう今日は、これで解散となるのだ。
「太地ってさ、夏休みもう予定入っちゃってる?」
哀翔が俺の目を覗き込みながら聞いてきた。
入ってない。そう答えようとして、一瞬惑う。……サワメの「遊ぼう!」は、果たして約束に入るのだろうか……?
「いや……まぁ、入ってるっちゃ入ってる」
曖昧な答え方をして、ごまかす。
「んー、そうかー。じゃあさ、空いてる日がわかったら教えてよ。僕と太地と、あとは亀広と柿田と遊びに行きたいなって思ってたんだ」
「あー、わかった。予定確認してみるよ」
亀広と柿田は、サッカー部に所属する俺の友達だ。四人とも「か」と「さ」から始まる名字だから、出席番号順に席を並べたときに、近くなるのだ。それがきっかけで、四月くらいにはもう仲良くなっていた。
「んー、でも待てよ。亀広と柿田はサッカー部、忙しいんじゃないか?夏に大会があるとも言ってたし」
「そうかー」
哀翔は心底残念そうな顔をした。
「まあもし二人が無理でも、まあ、なんというか。太地と……うん、二人でも」
「あ?なんでそんな急にモゴモゴするんだよ」
「だってー」
「なんだよ。言い訳?」
冗談交じりに哀翔の背中をペシンと叩く。
*
「んじゃ、いってきまーす」
玄関先で靴を履き替え、ドアを開ける。目の前には、眩しいくらいの青空。
「あれ、太地、今日部活なのー?」
「そうだよー」
「あら、気をつけてね。いってらっしゃーい」
母の声を背中に聞きながら、俺は大きく伸びをして歩き出す。
夏休みが、始まった。早速一日目から部活が入っているのは流石というべきか、他の部活もそうなのか。わからないけど、まあ半日練なだけマシなのかもしれない。
日差しが暑い。
でも進学に、歩いて行ける距離の高校を選んだのは俺だから、自業自得だ。
歩くこと二十分――やっと、校門が遠くに見える通りまで出た。ここを真っ直ぐに行けば、すぐに着く。
その道を歩いている途中で、竹林が視界に入った。夏の暑さの中でそこだけ、サワサワと涼しい音を立てている。
確か……サワメは、ここから俺の隣を歩いてきたんだって言ってたっけ。家、この辺りなのかな……。
そう考えていると、誰かに腕を掴まれた。
「たーいーちくん?」
リズムよく俺の名前を呼ぶあの声。これが噂をすれば……ってやつか、と思いながら振り向く。
「おはよう」
「おはよう、サワメ」
五日前に出会った美少女が可愛らしく微笑んでいた。朝の光が彼女を照らして、きらめいている。
「今日はサワメと遊べる?」
今日も白Tにデニムという出で立ちの彼女は、またおそらく意図していないであろう上目遣いで、俺を見てきた。
「おう、遊べるぞ。だけど午前が部活だから、午後からな」
「部活?」
「ん。テニスやってるんだ。」
「へー!私も一緒にやりたい!」
今にも太地くんについていく!と言いそうなサワメ。その前にちゃんと断っておかなければ。
「いや部活は学校の活動だから、部外者いたらまずいって」
「太地くんのケチー」
頬をプクーと膨らませたサワメは、悔しいことにとても可愛かった。
「ま、まあ、できるだけ早く帰ってくるからさ」
「うう……わかった。じゃあお昼くらいにまた、ここらへんで待ってるね!」
「了解。じゃ、またな」
手を振り合って別れる俺とサワメの間を、涼しい風が吹き抜けていった。
「はーい、お疲れ様でしたー」
「「「ありがとうございましたー!」」」
顧問の挨拶に続いて俺たちも声を合わせる。テニスコートの整備から始まった午前練が、ようやく終わった。やっぱり夏の暑さの中、テニスをするのはとてもキツい。汗はダラダラ流れてくるし、それでラケットを握る手は滑るし、眩しくて白い球は見えないしで、散々だ。まあこれは、他の部員にも部活にも言えることだと思うが。
「宗田ー、おつかれーっす」
俺が荷物をまとめていると、後ろから肩を叩く者がいた。
「おつかれー」
そう言いながら振り向くと、そこには柿田が立っていた。
「あれ、サッカー部も部活終わり?」
驚きながら聞くと、彼はウンと首を立てに振った。
「珍しく午前練でさ。テニス部も終わったとこだろ?一緒に帰ろうぜ」
そういえば、俺と柿田の家は同じ方面だった。いつも平日は、帰る時間が合えば一緒に帰る仲だ。
……だけど、今日は。
「ごめん、俺用事があるんだ。一緒に帰れねぇ、すまん」
嘘をついて、頭を下げる。俺の頭の中では、サワメの笑顔がずっとちらついていた。
「お、おう、そうなのか」
柿田は俺の嘘に気づかず、いつもの調子で手を振った。
「じゃあ、またな」
ふぅ……。友達の姿が見えなくなったところで、一息ついた。これから、人と会う約束なんだ。そう言えばよかったのだろうか?だけどなんだか、俺はサワメのことを詮索されたくない気持ちでいっぱいだったのだ。……たとえ、それが友達でも。
それはもしかしたら、美少女を独占したいという一介の男子高校生の欲求だったのかもしれない。
現に俺は、今からサワメと会うのが楽しみなのだった。あの、零れ落ちそうなくらいに輝いている、魅力的な目を持つ彼女に会うのが――。
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