第3話 夏休みをキミに。


 十分後――。


 俺は、疲弊した顔でコンビニの外のベンチに座り込んでいた。隣には……スイカの形をしたアイスバーを頬張っている美少女。

 

「コレ、美味しいねぇ。スイカの味がする」


「そりゃスイカバーですから。てか、食べたことないの?」


「うん。初めて食べた」


 なぜ俺がコンビニで彼女にスイカバーを買い与える羽目になったのか。それは、先程の道端で「涙で体内の水分がなくなっちゃったから、何か奢って」と言われてしまったからである。また泣かれるのが怖くて、しぶしぶ「いいよ」と承諾したところ、たちまち徒歩五分ほどのコンビニエンスストアに連れて行かれたのだ。


 炎天の下、コンビニのベンチで美少女と二人きり。これが海辺とか、誰もいない教室とかだったらムード出てたんだけどな……。しかも彼女が持っているのは、齧り付きのスイカバーだし。


「アイス、ありがとう!おいしかった!」


 しばらくすると、美少女が俺の方を向いて明るく言ってきた。ストーカーまがいの行動をし、勝手に泣かせた疑惑をかけ、他人にアイスまで奢らせた彼女だが、一応お礼を言うという常識は持ち合わせているようだった。


「そりゃどうも」


 俺は、心身ともに疲れ果てていた。


「アイスのゴミは、コンビニ入って左にあるゴミ箱に捨てればいいと思うから」


 ベンチから立ち上がる。このコンビニから家までは、十分ほどだ。大丈夫、すぐ着く。家で俺を待っているのは、クーラーとテレビだ。そこまで頑張って歩こう。


「じゃあ、バイバイ」


 少女に背中を向け、歩き出す。

 早く、家に……。


「待ってよ!」

 俺の左腕が、掴まれた。

「置いて行かないで!」


「なんでだよ」

 振り返る。


 するとやはり美少女が、俺のワイシャツの袖を掴んで、今にも泣きそうな顔をしているのだった。


「だって……さっき、キミ、言ったじゃん。夏休み全部、私にくれるって」


 彼女の右手には、赤と緑色のスイカバーのパッケージが握りしめられているり


「いや、だってそれは……」


「嘘じゃないよね!私と遊んでくれるよね?」


 俺が答えに戸惑っていると、美少女はさらに泣きそうな顔になった。その可愛らしくも憎らしくも取れる泣き顔に、少しイラッとしてしまう。


「なんでそんなさぁ、すぐ泣くんだよ!」


 もう敬語を付けようとは、思えなかった。


「お前の名前も知らないのにさ、勝手に俺についてきてさ!早く家に帰りたいんだけど!」


 言葉にした瞬間、まずいかなと思った。だけど、彼女にはこれくらい言ってやらないと。もう付き纏われるのは、ごめんだ。


「名前……教えたら、遊んでくれる?」


「…………」


「もう泣かないって、約束するから!だからお願い」


 美少女が、俺の両手を取った。そして、勢いよく頭を下げた。その綺麗な髪の毛が、揺れる。


「キミの夏休みを……私に、サワメに、ください!」



 ――――俺は、断れなかった。


 多分、暑さで頭がぼうっとしていたのも、あるかもしれない……けど、俺は確かにこう答えていた。


「わかった、いいよ」


 少女の顔が、輝く。


「ほんと!?」


「ん……部活とか、予定とか入って毎日空いてるってわけじゃないけど。それでも良いなら」


 彼女は、大きく頷いた。もうその顔には、涙の跡すら無かった。


「てかさ、お前」

 俺は聞く。

「さっきさらっと言ってたけど、名前……サワメっていうの?」


「う、うん」


 美少女――サワメは、コクリと首を縦にふった。


「名字と、漢字は?」


「漢字は……うん、ない。名字は……えっと……」


 サワメが口籠る。もしかしたら、家庭の事情とかがあるのかもしれない。俺はその可能性に思い当たって、慌ててフォローした。


「あ、いやっ、別に言いたくなかったらいいけど。サワメって、珍しい名前だね」


「そうかな?」


「そうだよ」


「それより、キミの名前も聞きたいな」


 サワメが上目遣いをしてきた。……いや、本人はそのつもりではないのかもしれないけれど、俺のほうが少し背の高い分……どうしても上目で見られる形になるのだ。


 いくら意図していなかったとしても、このレベルの美少女の上目遣いは、高校生男子にはキツイ。


「え、えっと……」


 舌をかみながらも、慌てて自分の名前を言う。


「宗田太地(そうだ たいち)……」


 サワメの瞳がキラキラと輝いた。


「宗田太地くんっていうのね!ねぇ、『太地くん』って呼んでいい?」


「お、おう」


 逆に俺は、サワメのことをなんと呼べばいいのだろうか。

 すると彼女は、俺の心を見透かしたように笑って言った。


「私のことは、『サワメ』でいいよ」


「じゃ、じゃあサワメ……」


 女子のことを下の名前で呼ぶなんて、いつ以来だろう。最近は、関わりがなさすぎて、クラスの女子の名前すら覚えていない。いつも彼女らを呼ぶときは、名字+さん、だ。


 俺が恐る恐る呼んだのを聞いて、彼女はとても喜んでいた。


「えへへっ、よろしくね。太地くん」


「ああ、よろしくな。サワメ」



 陽の光がオレンジ色になってきていた。もう夕方と呼ばれる時間帯になってきている。


「黄昏時だねぇ……」


 サワメが呟いた。


「私、そろそろ帰らないと」


「俺も帰るわ。サワメ、家はどっち方向?」


「こっち」


 彼女が指し示したのは、コンビニの駐車場から出て右側方面だった。俺の家は、残念ながら左方向だ。


「じゃあ違うわ。ここでバイバイだな」


 俺は、小さく片手をあげて立ち去ろうとする……と、その前に気になっていたことがあった。彼女の年齢だ。制服を着ているわけでもないから、学生かどうかもわからない。見た目だけで見たら、同級生くらいなのだが……。


「あ、そういえばサワメ」


 彼女に聞こうと、振り返る。だが、しかし――――そこに、彼女の姿は無かった。


 夕日に照らされた、コンビニの大きな看板があるだけだ。


「あれ、サワメ……?」 


 サワメの家の方向だという方の道は、急な下り坂になっていた。もしかしたら、サワメは走ってその坂を下ったのかもしれない。だったら姿は見えなくて当然だ。


 ……現に、アイツのあの元気さなら、やりかねないしな。


「まあ、また会ったときに聞けばいいか」


 俺は再度踵を返し、今度こそ家に向かって歩き出した。夏休みが始まるまで、あと五日――――そんな日の放課後に起こった出来事。


 これが、あの夏の冒険の、すべての始まりだった。

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