第10話 いざ遊園地!


 市内の東部に位置するその遊園地は、サワメのお社からそんなに遠くはなかった。最寄りまで歩いて、二駅ほど乗ればすぐに着く。


「ねー、太地くんはさ、遊園地って行ったことあるの?」


「そりゃな」


 俺は頷く。


「まあでも前に行ったのが小学生の時だったから、すげぇ久しぶりって感じ」

「ふぅん」

「そう聞くサワメはどうなんだよ」


 俺が尋ねると、サワメは少し小さな声で答えた。


「遊園地……はじめて」

「え、まじで!?」

「うん、だって」


 サワメはなにか言いかけたが、やっぱやめた、と口をつぐむ。


「どうしたんだよ」

「なんでもないよ」

「なんなんだよ」

「あ、次の駅だよ。降りよ?」


 サワメは無理矢理に話をそらして、俺の手を引っ張って電車から降りた。どうしたんだろう。改札を通るときも、サワメはパスモを持っていなかったから、最寄りで切符を買ったのだけれど……そのときもなんだか慣れていない手付きだったし。それに今、電車に乗っていたときも変にソワソワしていた。電車、乗り慣れていないのか? それとも嫌いなのかな。


「太地くん?」

「……ん?」


 名前を呼ばれて、少ししてから気づく。見知った美少女が、降りたホームで立ち止まったままの俺の顔を不思議そうに覗き込んでいた。


「なーんか考え事してた?」


 可愛らしく首を傾げるサワメ。くそ、なんでこいつが首を傾けるだけでこんなに可愛く見えちまうんだよ。まるでサワメは、その仕草をするためだけに生まれたかのような、反則過ぎる可愛さを持っていた。――ここまで「可愛い」という単語を三度も使ってしまった。でもそれくらい、今のパーカー姿の彼女は可愛くて美しくて輝いていたんだ。


「あ、いや、悪い。ぼーっとしてたわ」


 俺は先程感じた違和感を頭からを振り払い、サワメに続いて歩き出す。彼女が切符を改札に通す様子を後ろから見ながら、俺はパスモを取り出して読み取り機にかざす。


 ピッ。


 無機質な電子音が、何かを暗示しているように聞こえたが、それが何なのか今の俺には検討がつかなかった。



 ***



 

 駅を出て、ほんの少し歩くと――見えてきた。トランプランドの、有名な入場ゲート。ハートにスペードに、ダイヤにクローバー。トランプのマークがあしらわれた、赤と黒のデザインの大きな門だ。


「わぁ! 見て、太地くん!」


 サワメが目の前にそびえ立つ入場ゲートを指さして、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。


「遊園地だよ! 遊園地! 着いちゃったよ!」


 まったく、子供かよ。俺はサワメにツッコみながら、彼女の手を取りチケット売り場へと引きずっていく。


「ほら、チケット買うぞ。サワメ、自分で金は出すんだろ?」

「うん、私、お金持ってるもん」

「じゃあ、この硬貨投入口って書いてあるところに入れるんだ」

「うい」


 サワメが、もう俺の中では彼女の代名詞と化した、あの白い封筒を取り出す。――そう、あの小銭しか入っていないやつだ。


「チケットいくら?」


 サワメが訊ねてくる。俺は券売機の上に掲示してある料金表に目をやって答えた。


「高校生は千七百五十円だな」

「はぁい」


 サワメが手のひらにジャラジャラと小銭を出す。俺は彼女の手元に視線を戻し――目を見開く。おい……五円玉ばっかりじゃねぇかよ。


「まさかお前五円玉しか持ってない?」

「いやいや、五百円だって持ってるよ」

「でもそれ一枚だけやん」

「百円あるからダイジョブ」


 サワメは何故かドヤ顔をして、小銭投入口に一枚ずつ硬貨を入れていく。五百円玉を一枚、百円玉を十枚枚、五十円玉を四枚、そして五円玉を十枚。ようやく、機械についている液晶パネルの表示が「1750」になった。


「購入、っと」


 サワメがポチリと発見ボタンを押す。ウィーンと微かな音がして、「高校生一名」と印字されたチケットが出てきた。彼女は嬉しそうに発券機から差し出されたそれを、丁寧に抜き取る。


「俺も買うから、そこで待っててな」


 二千円入れて、二百五十円のお釣り。素早くチケットを買うと、振り向いてサワメの方へと向かう。


「よし、じゃあ入ろうか」


 俺が言うと、サワメは笑顔を更に輝かせて大きく頷いた。


「うん! 太地くん、行こう行こう!」

「はいはい」


 超ハイテンションなサワメは、見ているだけでこちらまで楽しくさせてくれる。俺達は列に並び、受付のお姉さんにチケットを渡してトランプランドの中へと入った。


 その途端――眼前に広がる、夢の国の景色。


「うわぁぁぁぁ!」


 サワメが感嘆の声を漏らす。俺も思わず呟いていた。


「すげぇ……」


 それもそのはず、新しくできたこのトランプランド――予想以上のクオリティだったからだ。


 黒と赤と白で統一されたアトラクション。ハートとダイヤ、スペード、クローバーの四つに分かれたエリア。ハートの形のゴンドラが可愛らしい観覧車、赤と黒のかっこいいデザインのローラーコースター。不思議の国のアリスを彷彿とさせるトランプの兵隊が並ぶフォトスポット、おしゃれなレストラン街。


 噂には聞いていたが、これほどとは。


「サワメ……こりゃぁ、すごいな」


 俺が隣に立つサワメに言うと、サワメは何度も何度も頷いた。


「すごい……すごいよ遊園地。太地くん! どれ乗る!?」


 その黒曜石のような瞳の中に、たくさんの煌めきを浮かべて。美少女は俺を見上げる。――必殺、上目遣い。ってのは、俺がそう勝手に呼んでいるだけだが、サワメがこちらを見てくる様子は、本日二回目の反則行為だった。


「そうだな……とりあえず、メリーゴーランドでも乗りに行くか!?」


 なるべく混んでいなさそうなアトラクション名をあげて、サワメに提案する。


「なにそれ」


 なんと。サワメはメリーゴーランドも知らないらしい。


「えっと……なんか馬とか馬車とかに乗って、ぐるぐる回るやつ」


 途端に無くなる俺の語彙力。もうすでに頭の中にある概念の定義を説明すんのって、難しいもんな。仕方ないぞ、俺よ。――じゃなくて。


「馬……はわかる。馬車? 近代的だねぇ、私は乗ったことないよ」

「近代的? いつの話だよ」


 明治かよ。


「いや牛車ぎっしゃなら乗ったことなくもないんだけど」

「逆に牛車乗ったことあんのすげぇな」


 まあ、俺も馬車は乗ったことないけどさ。

 

 少しズレているサワメとの馬車談義を終え、二人してメリーゴーランドへと向かう。そのアトラクションがあるのは、敷地内の東、スペードエリアだった。


「うお、待ち時間五分だって。すぐ乗れるぜ」

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