第12話 観覧車は回る。


 俺たちはその後も、たくさんのアトラクションを回った。コーヒーカップでサワメが目を回しすぎて大変なことになったり、遊覧船でサワメが水路に落ちかけたり、ゴーカートでサワメが事故りまくったり。そうそう、あと昼飯のついでに買ったアイスを、あいつは食べ始めて数秒で落としやがったんだ。


 今思い返せば、馬鹿みたいなことばかりしてたな、俺たち。


 でも、全部楽しかった。


 ずっと笑ってばかりだった。


 サワメはアホなことばかりするし、常識外れな台詞ばかり言うし、トランプランドのキャストさんたちには呆れられてばかりだし。――特にゴーカートの事故処理は大変だった。サワメの権利尊重のため、詳しくは語らないでおくが。


「太地くん」


 彼女が、俺の名を呼ぶ。


「楽しかったねぇ」


 そう言って笑う美少女の頬は、夕日に照らされて赤い。俺も心から頷く。

 

「うん、楽しかったな」


 閉園まで、あと少し。俺たちは最後のアトラクションに向かっていた。トランプランドに入ってから、ずっと視界に入ってきていたあのアトラクション。一番目立っていて、だけど無意識的に最後に取っておこうと思っていたそれは。


「じゃあサワメ、最後に観覧車に乗ろうか」

「うん!」


 俺たちは、少し小高い丘の上で、今もゆっくりと回っている――観覧車へと歩いていく。


 ***



 赤いハートの形のゴンドラたちが、夕日に照らされながら地上へと降りてくる。俺とサワメは、誘導されるがままに、そのうちの一つへと静かに乗り込む。一日中遊び回ったせいで、疲れが出てきていた。二人揃って黙り込んでいるせいで、俺たちの間を静寂な時が流れる。


 ゆっくり、ゆっくり。


 ガコン、ガコン。


 小さな音を立てて、観覧車は回る。

 ゴンドラが、上へと昇っていく。 


 ようやくサワメが口を開いた。


「景色……綺麗だねぇ」


 彼女の瞳には、遠くの山々の間に沈みゆこうとしている夕日が映っていた。


 君のほうが、綺麗だよ。


 だなんて。


 そんな気の利いた気障キザなセリフを俺が言えるはずなくて。

「そうだね」

 無難に返した俺の言葉が、ゴンドラの狭い空間にふわっと浮かんで残る。


「太地くん、私ね」

 サワメが夕日を見ながら呟いた。

「今日、すっごく楽しかった。ずっと前から約束していた遊園地に来れてさ、メリーゴーランドもコースターも乗れてさ。しかも太地くんと一緒に、だよ」


 最後の一言に、思わず「えっ」と声を上げる。しかしサワメは俺の反応などお構いなしに続けた。


「今日だけじゃない。最初にスイカバーを奢ってくれた時も、お社に来てくれたときも、一緒に図書館に入ったときも、本屋で買い物したときも。なーんもしないけど、ただ喋りに来てくれたときもさ」


 サワメはギュッと目を瞑って、心の底から絞り出したかのような声で言う。


「ほんっとーに楽しかったの」


 それは、俺もだよ。


 言いかけて、口を閉じる。今はサワメの言葉が聞きたい。


「だからあのね、太地くんにお願いがあるんだけど」


 サワメがこちらを向いた。瞳が、合う。


「あと少しだから、一緒に居て欲しいんだ。私と」


 もちろん、と俺は頷く。

 しかし、どこかサワメの言葉にひっかかる。


「サワメ、あと少しだから、って……?」


 あと少しだけ一緒に居て、じゃない。

 少しでいいから一緒に、でもない。


 あと少し


 ――何があと少しなんだ?


「なんでもないよ」

 サワメが人差し指を伸ばしてきて、俺の唇に当てた。

「さっき、メリーゴーランドのところで、太地くん私に『なんでもない』って言って、教えてくれなかったから。私も教えないっ!」


「……っ」


 頬が熱くなる。これはガラス張りのゴンドラの中に差し込んでくる夕日のせいだろう。きっとそうだ。うん、そう思うことにしよう。


「わーったよ」

 教えてくれないサワメに、俺は仕方なく頷いた。

「聞かないでおくって」




 何があと少し、なんだよ。

 夏休みがって話か?


 ――何が。


 聞きたい、でも聞けない。





「サワメ」


 名前を呼んで。


「ん? なーに?」


 彼女が再びこちらを見る。その真っ直ぐで綺麗すぎる眼差しに心臓が跳ねる。頭が真っ白くなる。


「あのさ」


 やっぱり、言えないや。


「今日、楽しかったね」


「ね」


 俺が目を逸らすと、サワメもまた景色に目をやった。「あともう少しだから」なんて言われたら。それが気になりすぎて何も言えないじゃんか。


 っていうのは、言い訳で。


 たぶん俺は怖いんだと思う。


 さっき認めた、好きっていう気持ち。

 サワメへの恋愛的な好意。


 それを伝えた瞬間、サワメに嫌われないかって。

 気持ち悪いって思われないかって。

 今の関係性が壊れはしないかって。


 本当は、バッチリなシチュエーションのはずだ。夕焼けに照らされる観覧車の、一番上で。トランプのハート型のゴンドラという、二人だけの空間で。ガラス張りでロマンチックな雰囲気の中で。


 ――サワメのことが好きなんだって。


 伝えられたらどんなに良かったか。

 

 でも、俺じゃだめだ。

 クラスでも部活でも女子と関わらない俺みたいなやつが、こんな状況で告白だなんて。


 無理だ。高望みはしないほうがいい。


 俺は静かにそっと、口を閉ざす。そして俺とサワメは、揃って同じ方向を向いて、沈んでいく夕日をただ見ていた。


 ゴンドラは最高地点を過ぎた。そして、ゆっくりと静かに地上へと近づき始める。ガコン、とゴンドラが下についた。俺たちは降り立つ。


「おかえりなさーい」


 キャストさんに会釈をして、出口へと向かう。俺とサワメは何も喋らなかった。


 今日という楽しい思い出を胸にかかえて、ただ隣を歩いていた。それだけでよかった。



 こうして俺とサワメの、トランプランドでの一日は、終わりを告げたのだった。

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