第13話 お社の秘密。


 好きだって、言えなかったな。


 その日の夜、俺は布団の中で小さな後悔をしかけていた。あの時、俺の気持ちをサワメに伝えられていたら――。


 ……いや、よしておいて正解だったのかもしれない。うん、そうだ。もしあの時「好きだ」とか何も考えずに叫んでいたら、サワメと気まずくなって終わるだけだったかもしれないしさ。そう思うことにしよう。


 俺は後悔の念をしまい込み、眠りにつくことにする。


 トランプランド……楽しかったな。

 また行きたいな、なんて。


 思いながら、目を瞑った。



 ***



 次の日からもまた、サワメと過ごすいつもと同じような日々が続いた。部活に行って、夏休みの宿題をこなして、たまに哀翔たちと出かけて。そしてそれ以外の時間はサワメとお社で過ごす。


 図書館にも通った。もちろん、あれだ。俺が夏休み中にやろうと思った、サワメが教えてくれたお社について調べるためである。


「太地くーん、なにか分かったー?」

 図書館の閲覧席で、隣に座るサワメが訊ねてくる。

「いや、なんも」

 俺は『郷土に残る寺社』という誰も借りなさそうな分厚い本を閉じながら首を振った。

「どの本にも全く記述がないわ。お社の建物自体は古い感じなのになぁ」


 塗り直された感じの鳥居からして、誰か整備しているものかと思ったけど。もしかしたら、付近の人しか知らない神社なのかもしれない。あの心地よい竹林の中の空間は、もし俺だったら――独り占めしたくて、誰にも教えたくないと思ってしまうから。

 

「まあ、まだ夏休みはあと二週間弱あるし、調べる時間は十分にあるよ」


 俺がそう言うと、サワメは「そうだね」と言った。その声がどことなく寂しそうだったのは――気のせいか。




 ***



 刻々と過ぎていく日々。


 サワメと笑い合って。

 一緒に本を読んで。

 図書館に行って。

 散歩して。

 取り留めもない話をして。

 お社の縁側に腰掛けてアイスを食べて。


 彼女の笑顔は変わらず明るかったし、彼女との会話は俺を笑顔にさせた。最初は泣き虫だという第一印象だったサワメだが、最近は俺の前で涙を見せないようになった。会ったときに、目を腫らしているときがあったが、それについて俺は何も触れなかったし、サワメも何も話してこなかった。


 ――俺からしたら、触れることができなかった、のほうが正しいのかもしれない。


 だけれど、俺の前でのサワメはいつだって笑顔で、可愛くて、輝いていた。そんな彼女が好きだった。


 ずっと、一緒に居たかった。


 



 そんな俺の願望ねがいは、ある日――壊される。




 ***



 

 八月下旬、夏休みもあと数日で終わろうとしているある日。俺はいつも通り、部活帰りの道の途中にある竹林へ足を踏み入れた。そのままお社のある方へ歩いていき、サワメの名を呼ぶ。


「サワメー! 今日も来たぞー!!」


 俺の声が、竹の間にこだまする。いつもならここで、「太地くーん!」と騒がしい声がするはずだ。――なのに。


「サワメ?」


 お社に、彼女の姿は見えなかった。あの白Tデニムの出で立ちの、美少女。俺のことをお社の縁側に座って待っていてくれるアイツ。


 サワメが、今日は居なかった。


「サワメ……?」


 不思議に思って、お社の境内を歩き回ってみる。茅葺きの古めかしい屋根。朱塗りの新しい鳥居。苔の生えた石畳。少し湿った感触の縁側。今にも壊れそうな賽銭箱。


 始めて来たときのことを思い出しながら歩く。ふと空を見上げると、背の高い竹がサワサワと風に揺れていた。夏の日差しに照らされた葉が、影を落としている。その合間合間から覗く陽が眩しくて、俺は思わず目を細めた。


「サワメ……」


 何度でもその名前は口をついて出た。


 いつもここにいるのが当たり前になっていた彼女。いつの間にか俺の夏休みの大部分を占めるようになっていた。そして傍らにいるのが日常になっていて、だからその存在が無いと何となく物足りなくて。


「どこ行ったんだよ……」


 俺の呟きを、サワサワサワサワという竹の葉の音がかき消す。夏の日差しが竹林に差し込む。きらめく林の緑、地面からゆらりと立ち上る陽炎。いつもと何ら変わらない午後のお社は、サワメが居ない俺の状況を、どこか笑っているようだった。


 ふと、空から視線を戻すと、お社の傍らにある何かが俺の視界に入ってきた。少し風化して、苔が生えている大きな石。直方体に近い形をしているそれは、普段見ている中では対して気にもならなかったが、今の俺の注意を引き付けるには十分だった。


「そういえば、なんでこの石……」


 こんなに整った形をしているのだろう。


 俺は石に近づいた。片手で触れてみる。お社の陰にあるせいか、ひんやりと冷たい。そのとき俺はあることに気がついた。


「……なんだこれ、割れ目がある」


 直方体の石の上部、地面と平行な方向に割れ目が見えている。ゴツゴツしている石だから決してわかりやすい線ではないのだが、俺が両手でそのあたりを押してみると、ズリッと割れ目のところで石の上の方が動いた。


「……蓋?」


 石の上部をずらすと、直方体の岩は中が空洞になっているのが分かった。まるでその割れ目は、箱とその蓋のように、石を分けていたのだ。


「これは……」


 蓋となっている平たい石を、外してみる。その予想以上の重さに思わずよろめきながらも、ゆっくりとその蓋を下ろす。そして、石の中を覗き込む。それは小さな石臼のようで……いや、箱か? 違う、箱でもない。


 直方体の石は、空洞を持っていた。そしてその空洞の底は見えず、暗い奈落が下へ下へと続いていた。これはまるで、小さな。


「井戸……?」


 井戸だ。ふと目をつけた直方体の大きな石。それには蓋が乗っかっていて――それを開けると姿を現したのは深い穴。聞こえてくるかすかな水音。覗く者を闇へと誘うそれは、小さな井戸だった。


「なんでこんなところに、ミニチュアな井戸が……」

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