第17話 会いに行くよ。


 サワメが居なくなってから一週間。夏休みは終わり、二学期が始まった。学期の最初は短縮日課から始まったが、もうじきいつもの時間割に戻る。登校して、五十分の授業を六コマやって、部活をやって、帰宅。何の変哲もない高校生活。夏休み前の俺の日常。


 ただ、いつも通りに戻るだけなのに。


 ――どうしてこんなに俺は。





「たーいーちー?」


 昼休み、机に頬をくっつけて寝かけていた俺の顔を、覗き込む者が居た。メガネのレンズ越しに、彼の視線が俺を刺す。


「どーしたの、そんなに物足りなさそーな顔して」


 目の前は、ニヤニヤと笑う崎崖哀翔が居る。


「哀翔、うるせぇ」

「ふうん、僕の『物足りなさそうな顔』っていう表現は否定しないんだ」

「ふん」

「どーしたの、何がそんなに物足りないの?」


 ――サワメが、居ないから。


 そう言いかけて、やめる。あいつは神様だから……神様が人間に化けていたなんてこと、誰も信じないだろうし。何より俺があまり言いたくなかった。


「ん、いや、特に何も」

「ふーん、逆に怪しい」


 哀翔が俺の頭をツンツンとつつく。次の瞬間、俺は無意識のうちに尋ねていた。


「なぁ、哀翔はさ……もし、ずっと一緒に居たいって思った人が、突然目の前から消えたらどうする?」


「えっ」


 俺からそんな真面目な質問が返ってくると思っていなかったのだろう。哀翔が目をパチクリさせる。


「んーっと、消えるっていうのは、その人が引っ越すとか消息不明になっちゃうとか、そういう感じでオッケー?」

「まあ、うん」

「そうだなぁ」


 哀翔はしばし考える素振りを見せてから、こう言った。


「どこに居るか分かってるなら、会いに行く」

「……そうか」


 どこに居るか、か……。


 あの日、俺の目の前で消えていったアイツを思い出す。サワメ、本当の名前は、泣沢女神。神様の世界に帰っていったアイツの居場所なんて、やはりもう分からないのではないか。


 いや、待てよ。


 俺はその瞬間、気づいた。


 サワメは、泣沢女神。つまり、神様。神様の世界なんて知らんが、俺たち人間がその神々を祀るために作った、人間世界の天上世界を繋ぐ場所なら、あるではないか。


「……神社」


 思わず呟くと、哀翔が怪訝な顔をした。


「神社?」

「なぁ、哀翔。神社って、どの神様を祀ってるーとか決まってるよな?」

「え? あ、うん」


 突然の俺の質問に、慌てたように頷く哀翔。俺はそれを見て、スマホを取り出した。検索エンジンを開き、キーボードを呼び出す。


『泣沢女神 神社』


 検索結果の一番上に出てきた神社を調べる。


『畝尾都多本神社(奈良県橿原市)』


「ここが……」


 俺がそのページを暫く見つめていると、横からまたつつかれた。哀翔だ。声を潜めて、口元に笑みをたたえながら、彼は意地悪く聞いてくる。


「で? 太地? その君の『ずっと一緒に居たいって思った人』はどこにいるんだい?」


 スマホを握りしめて答える。


「……奈良、だった」

 俺の答えに対して返ってきたのは。

「遠距離恋愛だねぇ」

「だな、宗田ってばいつの間にそんなハードルの高い恋をしてるんだ」

「青春だな」


「そんなんじゃねーし!」


 言い返しながら気づく――今の、明らかに哀翔の声だけではなかった。後ろに気配を感じる。その声の主たちに思い当たり、俺はハッと振り向く。


「お前ら! いつの間に!」


 振り向いた俺の目に映ったのは、二人のクラスメイト。サッカー部所属の、亀広と柿田の姿。


 ポンポンと亀広が俺の肩を叩く。

「話は聞かせてもらいましたよ? 宗田太地クン?」


 柿田もニコニコとしながら俺の頭を撫でる。

「そういえば宗田、俺らの修学旅行の行き先、近畿だったよなぁ」


 哀翔も俺の目を覗き込んで笑った。

「修学旅行、前にこのメンバーで班組もうって話してたよね?」


 つまり、近畿方面ということで神戸や大阪を巡る奴らが多い中、俺らは奈良へ行こうと。しかも大仏とかな有名どころじゃなくて、マイナーで、どんなところかも分からない神社に。


「でも……俺の都合でみんなの希望が」


 通らないと、みんなは楽しくないんじゃないの?


 そう言いかけた瞬間、俺の顔の目の前で柿田がパンッと手を打った。


「行動しねぇと、願望って叶わないんだぜ?」

「……っ、知ってる、けど」

「じゃあお前は行かなきゃだめだ」


 柿田は珍しく真面目な顔で続ける。


「宗田の想い人がどんな人かとか、どうして会えないのかとか知らんけど……そんな思い詰めた顔してんだったら、ちゃんと会いに行ったほうがいいと思うぜ」


「それ、俺も思う」

 亀広も大きく頷いた。

「ほんとは俺たちだって、太地のこんな話を聞けて嬉しいし、思いっきり揚げ足取ったり、からかったりしたいんだよ!」

「お前サイテーだな!」

「でも、できないんだよ!」


 俺のツッコミに被せるように、亀広が言った。


「だってお前の今の心境とかって、色々とガチなやつだろ?」

「ガチとか、違うとかあんのかよ……」


 俺はそう呟いたあと、ふと聞いてみる。


「え、待って。二人してそんなに言うって……俺、そんなにひどい顔してた?」


「うん、してたな」

「明らかにしていた」

「からかえないくらい落ち込んでるように見える」


 まじかよ。俺は苦笑いする。


「んじゃあ、決定だな」

 亀広が言った。

「俺たちは来たる修学旅行でへ一緒に回る! そして必ずや太地と想い人の再会を実現させる!」


 想い人って――。さっきからその表現、ずっと恥ずかしかった。でも、そのとおりだとも思う。


 俺はサワメのことを、想ってしまっているから。


「よし」

 柿田が俺の手を取った。

「宗田、京都、行こう!」


 そうだ、京都、行こう。


「ちょっと待て、柿田。太地が行きたいのは、奈良な」

「いやぁついつい」

「絶対にそれ言いたかっただけやん」


 哀翔と亀広、二人のツッコミをくらう柿田。俺はその様子に笑いつつも、柿田に向かって返事をした。


「うん、行こう、奈良」


 みんな、ありがとう。


 ――サワメ、会いに行くよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る