第15話 謝らないでよ。


「神、様……」


 その瞬間俺は、バラバラだったパズルが組み立てられていくような感覚に襲われた。


 サワメが人間じゃなくて、神様だった。


 その事実は、本当にジグソーパズルの最後のひとピースで。俺の脳内を駆け巡るサワメとの日々の記憶の断片を、ひとつひとつ繋いでいく。






「んーっとね、あ、ほら。キミの高校を出て左に曲がったところに小さな竹林があってさ、そこにお社があるじゃん? そのあたりからキミの隣を歩いていたの!」


 初めて会ったとき、お社から俺の隣を歩いていたったいうのも。




「ずっと待ってたよ……! 太地くん、またお昼にねって言ったのに、もう半刻も過ぎてるよ!?」


 半刻、なんていう昔の時間の単位を普通に使っていたのも。



「貸出カード、持ってきてる?」

「……私、持ってない……」


 一緒に図書館に行ったとき、貸出カードを持っていなかったのも、なんだか挙動不審だったのも。




「一枚二枚三枚……あ、十枚ありました」


 本屋に向かったときの支払いが、小銭ばかりだったのも。――サワメの持ってくるお金は、「お賽銭」だったからだ。遊園地のチケットを買うときもそうだった。何故か五円玉や五十円が多かった。




「おい、サワメ。本屋はエスカレーターあがらないと無いぞ」

「えすかれーたー?」

「何バカみたいな顔してんだ。ほら、エスカレーターこっちだってよ」


 エスカレーターやタピオカを見たことがなかったのも。


 馬車を物珍しそうにしたのも、何故か牛車には乗ったことがあるといったような、古代人ですか?というボケだと思った言動も。


 全部、説明がつくんじゃないだろうか。


 サワメが、神様だったから。


 人間じゃ、なかったから。


 令和の人間の生活を知らなかったから。


 だからだ、って。



「サワメの名前は、泣沢女神の『サワメ』だったんだな」


 乾いた呟きが、俺の口からこぼれ落ちる。サワメは、ナキサワメ。人間じゃなくて、だからJKなんかでもなくて――神様。


「そうだよ」


 サワメの美しい瞳から、涙が一粒流れ落ちた。


「ほんとは、もっと早くに言わなきゃって、ずっと思ってたんだ。太地くんが、このお社を調べるって言い始めたときに言うべきだったのかもしれない」


 だけどね、とサワメが続ける。


「私……太地くんと過ごすのがすんごい楽しくて。もっと一緒に居たいなって、ワガママ考えちゃってさ」


 この関係性のまま、ずっと。

 神様だって、知らせないで。

 人間と泣沢女神じゃなくて。

 太地くんと、サワメのまま。


「だから太地くんをお社に連れてくる前に、鳥居の額縁も取ったんだよ。そしたら痕が残っちゃったから、鳥居を塗り直したの。……でも痕も消えなかったし、逆に変に新しく見えちゃって」


 そうだったのか。


 すべての疑問が解ける。

 鳥居はサワメが全部やったのか。俺が最初にこの神社について尋ねたとき、彼女はニコニコと笑っていたっけ。


「サワメが……最近見つけた、秘密基地。神社の名前わからなかったから、単に『お社』って呼んでいるんだけど……」


 最近見つけた、の前に少し言い淀んでいたのはそれが嘘だったから。そして、鳥居についてもサワメは嘘をついていた。


「赤が綺麗だよね。社殿は古めかしい感じなのに、鳥居だけずっと綺麗だったのかな?誰か塗ったとか?」


 という俺の問いに対してサワメは。


「私が最初に見たときから、ずっとだよ。確かにほかの建物とは何か切り離されている感じするよね、時代とかが」


 ――そりゃ、そうだよな。サワメが塗ったばかりだったんだから。俺に「泣沢女神」という正体を知られたくなくて、彼女は懸命に隠そうとした。その最たるものが鳥居にかけた努力だったのだ。


 俺がその事実に気づいて暫く動けないでいると、サワメが目の前で思い切り頭を下げた。さらりと彼女の髪が揺れる。


「太地くん……、ごめん」


 泣きながら、彼女は。


「ずっと嘘ついててごめん。騙しててごめん。私……人間じゃないだなんて知られたら、太地くんに嫌われると思って、ずっとこのままでいたくて……でもそんなわけにはいかなくて、わた、し、もう、かえらなきゃ」


「サワメ……」

 

 言葉が出てこなかった。解けた疑問、それと同時に押し寄せる、名前をつけられないようなこの気持ち。


 俺は。


 ずっと、この日々が続くと思っていた。

 

 でも今更、気づく。サワメが俺に「ください」といったのは、「夏休み」だけだ。俺たちが別れる日はいつか来なければいけなかったし、それが早まっただけだ。


 ――そう、思えればよかったのに。



「ごめんなさいごめんなさい。ずっと言えてなくてごめんなさい、お別れの直前になっちゃってごめんなさい」


 サワメは、ぼろぼろと大粒の涙をこぼす。


「ごめんなさいごめんなさい」


 その小さな手で顔を覆って、ただひたすらに謝罪の言葉を吐き続ける美少女。――俺は無意識的に、彼女に駆け寄った。


 サワメの手首を掴んで引き、彼女の瞳を真正面から見る。


 やっとのことで、声を出して。


「――サワメっ!」


 彼女の名を、呼ぶ。


 なぁ、サワメ。俺は、俺はさ。




「……謝ってほしいわけじゃ、ねぇんだ!」


 心の底からの本音を、絞り出すような声で伝える。 


「俺も、サワメと一緒に居るの、まじで楽しくてさ。ほんとに、……まじで。最初出会ったときはさ、常識外れな女だな、お前誰だよ的な感じだったけど」


 今は。


「俺だって……サワメとさよならなんて嫌だよ」

 

 だから、謝るんじゃなくてさ。

 お願いだから。

 サワメ――君の言葉で。


「話を、聞かせてくれ」

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