第一章:光の勇者/01
第一章:光の勇者
「っと……」
街道で幼い兄妹と別れてすぐ、突如として青白い光に包まれたシン・イカルガの身体は……いつの間にか全く別の場所に転移させられていた。
そこは、どうやら古い神殿のようだった。
どう見ても古代遺跡のそれのような趣の、古びた石造りの神殿。突然転移させられたその場所は、シンにとって馴染み深い……まさに聖域と呼べる場所だった。
「……空間転移術式は、禁じ手じゃなかったのか?」
突然そんな場所に転移させられたシンだったが、しかし特に驚いた様子もなく。むしろ呆れたような口調で誰かに話しかける。
シンが話しかけている相手というのは――――彼の目の前にある大きな台座、いいや祭壇に祀られた大きな石だった。
淡いエメラルドブルーに発光している、大きな球状の石。かなり大きいその石は、シンの両手をいっぱいに広げても抱えきれるかどうか。
『――――緊急任務だ、不可抗力という奴だよ』
それにシンが話しかけてやると、すると……驚くことに、目の前にあるこの大きな石から返事が返ってきた。
石の発したそれは、まるで若い男のような声だ。爽やかに透き通るその声は明らかに青年のもので、声だけを聴けばシンと同年代ぐらいにしか聞こえないだろう。
「それでも、空間転移は魔術の中でも超高度な秘法扱いなんだ。ほとんど伝説の領域みたいな術式、ホイホイと気軽にやられても困る」
『なら、この距離を歩いてきた方が良かったかい? こんな秘境も秘境に』
「……相変わらず、口が良く回ることだ。伝説に名高い『スフィルの石』がこんだけおしゃべりな奴だと知ったら、世間様はひっくり返って驚くだろうな」
冗談めかして皮肉を言う、目の前の大きな石に……シンはやれやれと肩を竦めつつ、更なる皮肉を言い返す。
――――スフィルの石。
今まさにシン自身がそう口にした通り、彼の前にあるこのエメラルドブルーに光る大きな球体こそ彼を光の勇者に選んだ張本人。意志を持った聖なる石だった。
この世の果て、険しい山々を超えた先にある聖域たる神殿。その最奥に眠る聖なる石……古の時代、悠久の彼方に過ぎ去った先史文明期より、己が力の代行者たる『光の勇者』に相応しい人間を選び、聖剣を託しては世界の均衡を守り続けてきた存在。まさにこの世界のバランサーたる存在が、このスフィルの石なのだ。
そんなスフィルの石に選ばれた、世界の均衡を保つための騎士。超古代よりこの世界を守り続けてきた神聖な存在、聖剣の担い手たる存在こそ『光の勇者』。即ち……シンのような存在なのだ。
スフィルの石は自身が選び抜いた光の勇者に対し、ミッションを下しては世界のあちこちに派遣。その地にはびこる問題を解決させることで、この世界のバランスを保ち続けている。
そんな存在であるからこそ――――スフィルの石と、そして光の勇者は世界的に神聖視されていた。まさにシンの持つ聖剣アストラルキャリバーを目の当たりにした、あの幼い兄妹がそうだったように。
――――だが、伝説はあくまでも伝説だ。
いざ蓋を開けてみれば、スフィルの石はこんな軽い喋り方をする妙な石ころだった。
とはいえ、スフィルの石が下すミッションがこの世界の均衡を保ち続けているのは事実だ。
故にシンは……こんな妙に軽い喋り方をするスフィルの石に時折呆れつつも、しかし光の勇者としての使命は全うし続けていた。
「それで、緊急任務ってのは何なんだ?」
『ああ、本当に緊急を要する案件だ。今回の任務はかなり難度の高いものとなる……覚悟は良いかい、シン・イカルガ?』
「今更、そんな野暮なこと訊くなよ。――――いいから聞かせてくれ、ミッションの内容を」
鋭い目付きで言うシンを見て、今更覚悟を問うなど不要だと悟ったらしく。スフィルの石は『分かった』と了承すると、シンに対して命じる今回のミッション、かなり緊急を要するというその概要について……淡々と、端的に説明していった。
「…………なるほどな。つまり、今回の行き先はデューロピア大陸の南にある島国、神聖エクスフィーア王国……と」
そんなミッションの説明を聞き終えると、今まで黙って聞いていたシンは短く、それだけを言って頷く。
『シン・イカルガ、今回君が打倒すべき相手はメイティス教団。エクスフィーアで急速に勢力を広げている終末思想のカルト教団だ』
「まずは、その連中に攫われた王女様……エリシア・フォン・ツヴァイク・エクスフィーアを助け出せば良いんだな?」
『その通りだ。まず一番に彼女を助け出してくれ。彼女の力は必ず、教団の打倒と……そして『黙示録の魔獣』の復活を防ぐ鍵となるはずだ』
「……大体分かった」
『やってくれるかい?』
一応の確認じみたスフィルの石の言葉に、シンは「当然だろ?」と返す。
「俺はアンタが選んだ光の勇者だ。それに今回は『黙示録の魔獣』まで絡んでる……放ってはおけないさ」
言って、シンはクルリと踵を返し。そのままコツコツと靴音を立てて歩き出すと、スフィルの石に背を向けて神殿を後にしていく。
使命を帯びて次なる任地へと赴く彼の、己が代行者たるシン・イカルガの……遠ざかっていく彼の背中を、スフィルの石は何も喋らぬまま、ただ祭壇の上からじっと見送っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます