第四章:光の勇者と囚われの姫君と/01

 第四章:光の勇者と囚われの姫君と



 隙を突いてセレーネを撒いたシンは、エリシアを連れて廃坑道を脱出し……そのまま深い森の中まで逃げ込んでいた。

 背後から迫る気配はない。どうやら追っ手の連中はこちらを見失ってくれたようだ。

 そうして脱出に成功した二人は、ひとまずクスィ村目指して深い森の中を歩きながら……主に互いの事情を説明する形で言葉を交わし合っていた。

「――――つまり、君はエグザスに帰る途中に拉致されたと……そういうことなのか?」

 エリシアからひとしきりの事情を聞き終えたシンが言うと、彼女は「はい」と頷き返して肯定する。

「わたくしは北方の港町、交易都市アークリウムへの視察を終えて、王都エグザスに帰る途中でした。しかし……その帰路で教団の奇襲に遭ったのです」

「そんでもって護衛部隊はほぼ全滅、連中の目的だった君はまんまと攫われてしまった……と」

「はい。彼らの目的が何なのか、詳しいことまでは分かりませんが……しかし、わたくしを狙っていたのは間違いありません」

 続くエリシアの言葉にシンは「だろうな」と呟いて、

「で、囚われた君は自力であそこの牢を破って脱出しようとしたってことだな」

 そう、隣を歩く彼女に続けてそんな言葉を投げかけていた。

「その度胸は大したものだと思うが、流石に無茶が過ぎる」

「今思えば、全くその通りです。あの時は一刻も早く脱出しなければ、と無我夢中でしたけれど……あの時、もしも貴方に助けて頂かなければどうなっていたか」

 呆れ半分、称賛半分なシンの言葉に苦笑いで返すと、エリシアはその後で「そういえば……」と何かを思い出し。隣を歩くシンの顔を見上げながら、改めてこんなことを彼に問うてみる。

「先程、シンさんはわたくしの力が必要だと仰っていましたよね? どうして……光の勇者である貴方が、わたくしを必要とされているのですか……?」

 それにシンは「色々立て込んだ事情があってな」と答えた後、こう言葉を続けていく。

「スフィルの石が俺に下したミッションは、あの教団を……メイティス教団を叩き潰すことだ」

「……確かに教団は、我が王国の平和を脅かしています。危険な存在であることには間違いありません。しかし光の勇者様が動かれるほどの大事とは……とても、わたくしには思えないのです」

 首を傾げるエリシアの言葉に、シンは「まあな」と短く返し。

「正確に言えば教団というよりも、奴らが復活させようと企んでいるモノの方が問題なんだ」

 と、核心に近い言葉を彼女に告げる。

「メイティス教団は、一体何をしようと……?」

「――――『黙示録の魔獣』」

「……っ!?」

 イマイチ話の要領が掴めない、といった様子のエリシアだったが……しかし、シンがポツリと呟いた単語を耳にすると。『黙示録の魔獣』という言葉を耳にすると、途端に顔を強張らせていた。

 そんな彼女の反応は、まるで伝説の怪物の名を耳にした時のような驚きようだ。

 まあ――――伝説の怪物という喩えは、実を言うとあながち間違いでもないのだが。

「君も一度は聞いたことがあるはずだ、黙示録の魔獣については」

「……ええ」

 シンの言葉にエリシアは深刻そうな顔で相槌を打ち、

「太古の昔、この世界を滅ぼす寸前にまで追い詰めた異形の怪物たち……。子供の頃、母上からその話を聞かされたことがあります」

 と、震える瞳でシンを見上げながら、ポツリと呟いた。

「ですが……黙示録の魔獣は他でもない、シン・イカルガ……貴方と同じ光の勇者が、太古の昔に全て討滅したのではありませんか……?」

 続くエリシアの震える声に、シンは「ああ」と淡々とした調子で返す。

「確かに君の言う通りだ。黙示録の魔獣はずっと昔、俺と同じ光の勇者が全て倒した。

 だが……連中は、メイティス教団は何でか知らんがそれを蘇らせようとしているんだ。俺はそれを阻止する為に、このエクスフィーアにやって来たんだ」

 ――――黙示録の魔獣。

 太古の昔、数千万年前の超古代に栄えていた先史文明時代。その当時、この世界を滅ぼす寸前にまで破壊し尽くした十三体の怪物……。

 それこそが、黙示録の魔獣というものなのだ。

 十三体の魔獣が世界を破壊し尽くしたことによって、高度な文明を誇っていたという先史文明は完全に滅んでしまった、とも伝えられている。

 ひとつの文明を終わらせ、世界を破滅の一歩手前にまで追い込むほどの存在……黙示録の魔獣というのは、それほどまでに強大で、そして恐ろしい存在なのだ。

 ――――しかし、その十三体の魔獣は他でもない光の勇者たちによって……この世界を守護する存在たるスフィルの石によって選ばれた、聖剣を携えた彼らによって、その全てが討ち滅ぼされている。

 故に、エリシアたちが生きるこの世界は今もこうして形を留めていて。世界を滅ぼしかけた十三体の魔獣もまた、今ではおとぎ話のひとつとして語り継がれているだけに過ぎない。

 だが――――悠久の過去に滅ぼされたはずの魔獣を、現代に蘇らせようと暗躍する者たちが居るのだ。

 それこそが、今この神聖エクスフィーア王国を騒がせている終末思想のカルト教団・メイティス教団だった。

 彼らが怪物を蘇らせる、その方法や目的までは分からない。だが、彼らが黙示録の魔獣の復活を目論んでいることは間違いないのだ。

 故に、光の聖剣アストラルキャリバーの担い手たる彼は……当代の光の勇者、シン・イカルガはスフィルの石に下されたミッションに従ってこの地に、エクスフィーアの地にやって来たのだった。全ては彼らの野望を阻止するために……。

「まさか……まさか、そんな、なんてことを…………っ!?」

 ――――そんな事情を簡潔に説明してやると、全ての事情を呑み込んだエリシアは顔を青ざめさせていた。

 顔を真っ青にしたエリシアは事態の深刻さを知ってか、フラっ……と、思わず倒れそうになってしまう。

「おっと」

 そんな彼女の肩を支えてやりつつ、シンは青ざめた彼女に「気持ちは分かる。だが……事実だ」とだけ、彼女にそっと告げる。

「…………事情は分かりました。しかし、何故わたくしの力が必要なのでしょう……?」

「それは俺にも分からん」と、青い顔のエリシアに答えるシン。

「俺もスフィルの石からは、ただ君が必要になるということしか聞いていないんだ。エリシアが魔獣の復活を阻止する鍵になる、とだけしか」

「なんというか……おとぎ話で聞いていたよりも、ずっといい加減なんですね」

「同感だよ。あの石っころは本気かワザとか知らないが、肝心な部分を伝えないことが多いからな」

「ふふっ……」

 どうにも肝心なことを伝え損ねているスフィルの石、おとぎ話とはまるで違ういい加減さに、この世界の守護存在とは思えない抜けた部分に、思わずエリシアは笑みを零してしまう。

 そんな彼女の浮かべた笑顔は、シンが初めて見るものだった。

 思えば彼女と出会ってからここまで、エリシアが笑顔を浮かべるのを見た覚えがない。

 逼迫ひっぱくした状況だったから当然といえば当然だが……流石に一国の王女様だけあって、笑顔がよく似合っている。さっきまでの暗い深刻な表情なんかより、こういう笑顔の方がよっぽど彼女らしい。

「……分かりました。他ならぬ光の勇者様の要請ならば、わたくしは構いません。何よりもこれは、我がエクスフィーア王国にとっても看過できない事態。貴方がわたくしの力を必要とされているのなら、是非とも協力させてください」

「……突然こんなことを言ってすまない。助かるよ……本当に」

「では……これからよろしくお願いしますね、シンさん?」

「ああ、よろしく頼む……エリシア」

 そっと笑顔を浮かべてくれるエリシアに、シンも微かに緩めた表情を向け返す。

 ――――ひとまず、エリシアが協力してくれることになった。

 一体、彼女の何が魔獣復活を阻止する鍵になるのだろうか。

 それは分からないが……少なくとも、彼女が必要であることは確かだ。これで第一条件はクリアといったところだろう。

「っ……」

 彼女の協力が得られることになって、シンがホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。隣を歩いていたエリシアが突然ガクッとその場に膝を折ってしまう。

「どうした?」

「すみません、急に足の力が抜けてしまって……」

「……まあ、そうだろうな。ここまでよく頑張った方だ」

 地面にしゃがみ込んだエリシアが疲労困憊なのは、一目見ただけで分かった。

 ただでさえ牢獄生活でストレスが溜まっていた上に、自力で脱獄してからここまでほぼノンストップの逃避行だ。確かに彼女は凄まじく度胸の据わった、ガッツのある少女だが……それでもお姫様には辛すぎる体験だったのは間違いない。シンの言う通り、むしろエリシアはここまでよく頑張った方だった。

「立てるか?」

「ごめんなさい……少し、難しそうです」

「……ま、そうだろうな」

 呟きながら、シンは羽織っていた自分の焦げ茶色の革ジャケットを脱ぐと、ひとまずそれをエリシアの肩に掛けてやる。

「えっ、シンさんっ!?」

 そうして彼女にジャケットを羽織らせてやると、するとシンはおもむろに彼女の傍にしゃがみ込んで――とすれば、そのままエリシアの身体をよっこいせ、と両腕で担ぎ上げてしまう。

 肩辺りを左腕で、膝裏を右腕で引っ掛けるようにして……要はお姫様抱っこの格好だ。正真正銘、本物の第一王女であるエリシアには打ってつけな担ぎ方といえるかも知れない。

 そんな風にシンに突然担ぎ上げられると、エリシアは戸惑いのあまり素っ頓狂な声を上げてしまう。頬どころか顔まで真っ赤なのは言わずもがな、だ。

「乗り心地に関しては勘弁してくれ、こうする他にないからな」

「は、はい……って、そうじゃなくて!」

「ん? 何か問題でもあったか?」

「あ、いえ……問題があるといえば、ありますけれど……でも、ないといえば……」

「……? まあいい、村にはもう少ししたら着くはずだ。それまで辛抱してくれよ」

 顔を真っ赤にして恥ずかしがるエリシアだったが、しかしシンはそんな彼女の乙女な部分の機微を悟ることは出来ず。ただ不思議そうに首を傾げると、そのまま平然とした顔で彼女を担いだまま歩き始めた。

「…………シンさん」

 シンの腕に抱かれながら、お姫様抱っこで深い森の中をゆっくりと進んでいく。

 そんな中、エリシアはポツリ、と彼に囁きかけた。

「どうした?」

「……助けて頂いて、ありがとうございました。貴方が居なかったら、わたくしは――――」

 か細い少女の言葉は、しかしそこから先を紡ぎ出すことはなく。疲労から来る瞼の重さに負けると、エリシアはそっと瞼を閉じ――そのまま、シンの腕の中で寝息を立て始める。

 すぅすぅと安らかな寝息を立てるエリシアの顔には、さっきまでの緊迫感や緊張した様子はなく。ただ安らかに眠る彼女の顔に浮かんでいたのは、年相応の……少女らしい、穏やかな寝顔だけだった。

「…………大変だったな、本当に」

 そんな彼女の寝顔を見下ろしながら、シンは眠るエリシアにそっと囁きかけて。フッと微かに表情を緩めると、寝息を立てる彼女を抱いたまま……一緒に、深い森を抜けていく。

 目的地のクスィ村までは、あと少しの道のりだった。

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