第三章:セレーネの闇/02

「ふっ……!」

「はぁぁぁっ!!」

 シンのアストラルキャリバーとセレーネのストライクキャリバー、光の聖剣と闇の魔剣……青白い刃と真っ赤な刃がガキィンッと同時に斬り結ぶ。

 火花を散らし、互いの刃と刃をぶつけ合う一対の剣。そうして鍔迫り合いの格好になり、互いにしのぎを削りながら……シンのすぐ目の前で、セレーネは至極楽しそうな笑顔を浮かべていた。

「あっはぁ♪ 最っ高の気分よぉ……♪ やっぱアンタと斬り合うのがいっちばん楽しいわぁ……♪」

「相変わらず、荒っぽい剣だな……!」

「ほらほら、もっとアタシと遊びなさいよぉ――――っ!!」

 ぶつけ合っていた刃が離れ、更に二撃、三撃と二人の刃が斬り結ぶ。

 傍から見ていると、戦いは完全に五分五分のように見える。

 だが……実際はセレーネが押しに押し、シンはずっと防御に徹していた。

 セレーネの剣筋はまさに烈火、力の限り暴れまわる炎の暴風みたいなものだ。

 一撃一撃が必殺レベルに重く、それでいてどこまでも鋭い。生半可な人間相手ならば一撃で押し負けるか、あるいは受けた剣がへし折れてしまうだろう。それほどまでにセレーネの攻撃は、一撃一撃が凄まじく重く鋭いものだった。

 だが……それをシンは涼しい顔で受け流し続けている。

 セレーネの繰り出す斬撃を的確に見極め、それを最小限の動作で受け止めて、サッと勢いを横に流す。

 そんなシンの巧みな防御を、セレーネもまたとっくに見切っていて。防御するシンの一手先を読んでの斬撃を、返す刃で鋭く叩き込んでいく。

 だが、シンもまたセレーネが動きを読んでいることを理解していて。彼女の思考を読み……さらにその次の次までを予測し、理詰めで防御の流れを組み立てていく。

 互いの裏の裏の裏まで読み、相手の動きを次の次の次、二手や三手先まで読んでは、互いの予測を更に上回っていく。

 ――――演武。

 そんな、お互いに深いところまで読み合う二人の攻防は、まるで演武のように優雅で無駄のないものだった。

 これはシンもセレーネも、互いに互いのことをどこまでも熟知しているが故に出来る芸当。全てを理解し合っている二人だからこそ可能な、まさに演武にも等しい超高度な剣と剣のやり取りなのだ。

「あははっ! さっすがねぇ! アタシとこんなにやり合える相手……やっぱアンタしか居ないわぁっ!」

「褒めるのは良いが……脇が甘いぞ、セレーネ!」

「ばっかねぇ、誘ってんのよぉっ!」

「だろうな……ッ!」

 歓喜の声を上げながら、烈火の如き猛攻を仕掛けてくるセレーネ。

 そんな彼女の繰り出す攻撃の中、ほんの僅かな隙を見出したシンは、即座に彼女の懐目掛けて反撃の一閃を放つ。

 しかし、それはセレーネが彼を誘い出すためにわざと作った隙で。シンの斬撃を容易く防いでみせると、セレーネはそのまま鋭いカウンターの一撃を叩き込んでくる。

 だが、彼女に誘われていることを薄々理解していたシンは――防がれたことに驚きもしないまま、即座にバッと後ろに飛び退くことで彼女のカウンター攻撃を回避。そのまま大きく間合いを取れば、美しくも激しい剣戟に一度終止符を打つ。

「アタシみたいな美女の誘いを断るなんて……アンタも罪作りな男ねぇ」

「お誘いはお誘いでも、斬り合いのお誘いだろ? ならまっぴら御免だ」

「あらぁ? アンタってそんな平和主義者だったっけぇ?」

「俺は今も昔も平和主義者だ。それは……セレーネ、君が一番よく知ってることだろ」

「あっはぁ♪ それはそうかもねぇ♪」

 また人差し指でそっと唇を撫でながら、上気した顔で妖艶な笑みを浮かべるセレーネと、それに皮肉を返すシン。

 二人とも、口先ではそんな調子だったが――――互いに剣を構えたまま、一分の油断も隙も見せていない。口では軽口を叩き合いつつも、二人は一切油断しないまま、互いの動きを探り合っていた。

 これは、ある意味で別の形の戦いだ。

 実際に剣を交えるだけじゃない、こうした深い読み合い、探り合いもまた……ひとつの戦いといえよう。

 間合いを取ったシンとセレーネの二人は、軽い言葉を交わし合いながら、同時に見えない刃で火花を散らし合っているのだ。

「さあて、次は何をして遊ぼうかしらぁ?」

「悪いがセレーネ、今は君に付き合っている時間はない……!」

 ちゅっ、と軽く人差し指を咥えながら、悪戯っぽい仕草で言うセレーネ。

 そんな彼女に、シンは飛び掛かっていくかと思われたが――――しかし、彼の取った行動は全く別のものだった。

「っ!?」

 視界を突然覆った眩い閃光に、思わずセレーネが顔を背ける。

 目も眩むその閃光は――――シンが構えていた聖剣アストラルキャリバー、そのつばにあるエレメントスパークから弾けた輝きだった。

 ――――『セイバーフラッシュ』。

 スフィルの石から託された光の聖剣アストラルキャリバーには、複数の属性を司るエレメントが内包されている。それの力を発動することにより、魔術とは――人間が行使する術式とは全く別の、不可思議な超自然的現象を発動することができるのだ。

 剣に内包されているエレメントは火・水・風・土・氷・雷・光の七つ。今シンが発動した目眩ましの閃光――『セイバーフラッシュ』は、その中にある光のエレメントの力を用いたものだ。

 効果は見ての通り、目も眩むほどの閃光を放つことによる強烈な目眩まし。

 全く攻撃力は有していない、文字通りのハッタリ技だが……不意打ちでセレーネに隙を作らせるには十分だった。

「っ、やってくれるわねぇ……っ!」

 そんな目眩ましの閃光を浴びて、セレーネは彼が仕掛けてくるものと思い、顔を背けたままで咄嗟に防御態勢を取ったが……しかし待てども暮らせども、彼女の構えたストライクキャリバーの真っ赤な刀身に衝撃が走ることはなかった。

「……あらぁ?」

 ――――どうも、何かがおかしい。

 そう思ったセレーネは閃光が晴れた頃、顔の向きを元通りの正面に戻してみる。

 すると……どういうことだろうか。さっきまでそこに居たはずのシン・イカルガの姿は……一緒連れていたエリシアともども、いつの間か完全に消えてしまっていた。

「逃げちゃうなんて、連れないじゃないのぉ。もっとアタシと遊んでくれたっていいのに」

 ――――逃げられた。

 どうやらシンは自分との決着よりも、エリシアの安全を優先したらしい。

 確かに合理的で正しい判断だ。自分がシンの立場でも同じ選択を取っただろう。

 だが……彼の判断を正しいと思いつつも、しかしセレーネの胸中には少しの寂しさが残っていた。

 こんな中途半端なところで終わりなんて、完全に消化不良だ。本音を言えば、もっと彼と刃を交えていたかった。

 とはいえ……これはこれで面白い展開かも知れない。

 そう思うと、セレーネは誰も居なくなったエントランスの中……ただ一人そこに立ち尽くしながら、ニヤァっと笑みを浮かべてみせる。

「ま、挨拶代わりにはこれぐらいが丁度良いかもねぇ。この続きはまた今度。アタシたちのお楽しみは――ま・だ・ま・だ、続くんだものねぇ…………♪」

 また人差し指で唇をなぞりながら、蠱惑的こわくてきな笑みを浮かべるセレーネ。

 不穏な言葉を呟く彼女の、その右手が握り締めるストライクキャリバーは……闇の魔剣の名に相応しいだけの暗黒をその身に宿し。この冷たい地下空洞の中、血のように赤い刀身を、ギラリと静かに煌めかせていた…………。





(第三章『セレーネの闇』了)

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