第三章:セレーネの闇/01

 第三章:セレーネの闇



 ――――セレーネ・イクスタイン。

 それが、今目の前に立ちはだかる彼女の……シンにとっての因縁の相手ともいえる、彼女の名だった。

 背丈はシンよりもずっと高く、なんと一八五センチの長身だ。体格もそれに見合うほどに豊満で、あまりの起伏の激しさに眩暈めまいがしそうなほど。

 そんな彼女の真っ赤な髪は腰まである長いストレートロング。右の前髪は長く垂らしていて、そこに走る銀のメッシュがちょっとしたアクセントになっている。

 切れ長の瞳はキラリと輝く金色で、そこから注がれるうっとりとした小悪魔的な視線は、先程からずっとシンを捉えて離さない。

 肌はエリシアに負けずとも劣らないほどに白く透き通っていて、そんな贅沢な身体を包み込むのは……ワインレッドのインナーシャツに、膝丈の長い黒のオーバーコート。下は黒のショートパンツと黒いニーハイソックスに、焦げ茶の革製ロングブーツといった感じだ。加えて、手には黒革で作られた戦闘用の指ぬきグローブを嵌めている。

 そして、首元には小さなゴールドのネックレスが……シンが首に吊るすシルバーのネックレスとよく似たものが、どことなく寂しげに揺れていた。

 ――――そんな魅惑の容姿をした彼女は、左腰には何やら奇妙な剣を帯びていた。

 彼女が腰に帯びているそれは、一見するとシンの聖剣アストラルキャリバーにとてもよく似た剣のように見える。

 いいや、瓜二つといってもいい。シンが右腰に帯びる、スフィルの石から与えられし光の聖剣と……セレーネのそれは、まるで鏡映しのようにそっくりそのままの見た目をしていた。

 だが――――その色合いは、アストラルキャリバーとは似ても似つかぬ禍々しいものだ。

 例えるなら、それは闇そのもの。つかつばも、その鞘も。全てが黒と赤のツートンカラーなのだ。

 当然、つばの中央部にもアストラルキャリバーと同じく、水晶のような丸いクリスタル『エレメントスパーク』が埋め込まれているのだが……しかしそれもまた、禍々しい赤色のクリスタルだった。

「ふふっ……」

 セレーネはそんな左腰の剣に手を掛けると、色っぽく微笑みながらバッとそれを鞘から抜き放つ。

 すると、鞘から現れた刀身は――――アストラルキャリバーと同じくクリスタルのように透き通ってこそいるが、しかしその色は……血のように暗く濁った赤色だった。

「そっちのお姫様は、アタシの剣が随分と気になるみたいねぇ?」

 そんな剣を抜き放てば、セレーネは……シンの背中に隠れてじっと見つめてくるエリシアに視線を向け返しながら、ニヤリとしてそう言う。

「これは魔剣ストライクキャリバー……そこのシンが持ってるアストラルキャリバーと対になる、闇の魔剣なのよぉ」

「ストライクキャリバー……闇の、魔剣?」

 そんなもの、聞いたことがない。

 エリシアが子供の頃、眠る前にベッドで母からよく聞かされていたおとぎ話。スフィルの光の勇者の伝説には……アストラルキャリバーを筆頭に、数多くの聖剣が登場していた。

 だが……その中に闇の魔剣ストライクキャリバーなんてもの、一度として出てこなかった。光の聖剣と対になる闇の魔剣なんて、少なくともエリシアは聞いたことがない。

 だから彼女はセレーネから名前を聞かされたはいいが、それにきょとんと首を傾げることしか出来ないでいた。

「ふふっ……まあいいわ。知っていようと知っていまいと、アタシたちには関係ないもの――――ねぇ、シン?」

 そんな様子のエリシアを一瞥すると、セレーネは右手に握り締めた禍々しき剣、ストライクキャリバーをバッと片腕で構える。

 ――――闇の魔剣、ストライクキャリバー。

 セレーネ自身が語った通り、それは光の聖剣アストラルキャリバーと対になる闇の魔剣。彼女が振るう、闇の力を秘めた……文字通りの魔剣なのだ。

「やるしか、ないみたいだな……!」

 剣を構えたセレーネを見て、シンもまた自身の右腰に帯びた鞘からアストラルキャリバーを抜刀。バッと構えたそれの切っ先を、眼前のセレーネ目掛けて突き付ける。

「行くぞ、セレーネ!」

「さぁ、躍りましょうシン! アタシを……存分に楽しませなさいっ!!」

 バッと地を蹴って踏み込み、シンとセレーネは全く同じタイミングで飛び出していく。

 一瞬の後、剣と剣が交わる音がこのエントランスのような空間に木霊する。

 それを合図として――――シン・イカルガとセレーネ・イクスタイン、因縁に結ばれた二人の戦いが幕を開けた。

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