第二章:囚われの姫君/04

「シン・イカルガ……?」

「多分、これを見せた方が早いだろうな」

 きょとんとするエリシアにそう言うと、シンは再び鞘から聖剣アストラルキャリバーを抜き……それをじっくりと彼女に見せてやる。

「光り輝く青白い刀身、そしてこの青いクリスタル……まさか、これは!?」

 とすれば、彼が抜いた剣を一目見ただけで察してくれたらしく。エリシアはハッと驚くと、再びシンの顔を見上げる。

 するとシンは彼女を見下ろしながら、剣を片手にフッと小さく笑い。

「光の聖剣、アストラルキャリバー……ここまで言えば、分かってくれるよな?」

 そう、驚いた顔のエリシアに言った。

「もしかして、貴方はスフィルの光の勇者様……?」

 そういうことだ、とシンは頷き返す。

 どうやらエリシアはちゃんと、彼がスフィルの石に選ばれた光の勇者だと分かってくれたらしい。

 このアストラルキャリバーを見せてやれば、大抵の人間はシンが光の勇者だと分かってくれる。だからこういう時には説明の手間を省けて楽だ。

 スフィルの光の勇者の逸話は……太古の昔、この世界を滅亡の危機から救った勇者たちの伝説として、今でもおとぎ話のような形で人々の間で語り継がれている。子供の頃、眠る前に子守歌代わりにその話を親から聞かされた者も多いと聞く。

 であるが故にエリシアも、そしてついこの間助けてやったあの幼い兄妹も、シンのアストラルキャリバーを見ただけで……そのクリスタルのような刀身が放つ、唯一無二の聖剣の輝きを見ただけで、彼を光の勇者だと理解してくれたのだ。

「でも、どうして光の勇者様がここに……?」

「さっきも言ったが、俺は君を助けに来た」

「わたくしを……ですか?」

 戸惑うエリシアに「ああ」とシンは頷き返し、

「教団の野望を阻止する為に、どうしても君の力が必要になる」

「だから、わたくしを助けてくださった……と?」

 困惑気味に訊き返してくるエリシアに対し、シンは「そういうことだ」と頷く。

 そうした後で、抜いたままだったアストラルキャリバーを右腰の鞘に戻して。すると彼はエリシアの手を取れば、

「詳しい事情は後で説明する。今は黙って付いてきてくれ」

 と言って、彼女の手を引いて駆け出していこうとする。

「あっ、ちょっと――――きゃっ!?」

 強引に手を引かれたエリシアは足をもつれさせ、転びかけながらも……今はこの場所から脱出するのが先決だと思い、ひとまず彼に付いて行くことにした。

「俺から離れるなよ……!」

「は、はい……っ!」

 エリシアの手を引いたまま、シンは教団の地下施設を全速力で駆け抜ける。

 当初の目的であった彼女を無事に保護した今、ここに長居する理由もない。本当なら『黙示録の魔獣』についての情報も探れたらベストだったのだが……エリシアを連れている以上、そうもいかないだろう。

 加えて、彼女が思いのほか疲弊しているという現実もある。

 意外にタフで根性のある彼女だが、流石にお姫様には牢獄生活という奴は堪えたらしく、見た目こそ気丈に振る舞っているが……かなり濃い疲労の色を隠しきれていない。

 それこそ、いつ体力の限界で倒れるか分からないレベルだ。

 そんな彼女を連れて、こんな敵地のド真ん中でのんびり情報収集と洒落込むわけにもいかないだろう。エリシアの体力を考えれば、可及的速やかにここから脱出するのが先決だ。

 幸いにして、廃坑道を改造したらしいこの地下施設の構造は――――換気ダクトを這い進んでいる間に、大雑把にだが把握してある。あの出入り口の場所もある程度は見当がついているし、そっちに向かって進んでいけばいい。

 だからシンは疲れた顔のエリシアを連れて、真っ直ぐ出口を目指して走り抜けていった。

「邪魔だ、そこで寝てろ……!」

 とはいえ、流石に見つかってしまっては面倒だ。

 一応は敵の目を潜り抜けつつ、見つからないように注意しながら進み……途中でどうしても邪魔になる奴には、こうして後ろから闇討ちを仕掛けることで無力化していく。

 気配を殺して背後から忍び寄り、首の裏に鋭い手刀をダンッと打ち込む。

 そうすれば、気絶した見張りの信者はバタンと地面に倒れてしまう。

 たかがこの程度のことで、わざわざアストラルキャリバーを抜いて大立ち回りする必要もない。シンはこんな具合に邪魔な奴を背後からの闇討ちで無力化しつつ、エリシアと一緒に出口を目指して進んでいった。

 ――――だが、そうして出口を目指していた矢先のことだった。

 エリシアを連れての道中、シンは思いもよらぬ障害に出くわしてしまったのだ。

 シンたちが行きついた場所は、坑道の出入り口の手前にある広い空間だ。エントランスのような場所、と喩えれば分かりやすいか。

 そんな広い空間のド真ん中で――――ある一人の乙女が、シンたちを待ち構えていたのだ。

「…………また君か、セレーネ」

 腰まで伸びる真っ赤なストレートロングの髪を揺らす彼女は、シン・イカルガにとって……あまりに見覚えのある、しかし今一番出会いたくなかった相手だった。

「――――あぁら、シンじゃないのぉ。久し振りねぇ、また会えて嬉しいわぁ」

 セレーネ、と彼に呼ばれた彼女はニヤァっと嬉しげに笑ってみせると、ねっとりとした語気でそう言ってシンを歓迎する。

「どうして俺が居ると分かった?」

「さっき、お姫様が逃げたって騒ぎを聞いてねぇ。そこでピーンと来たのよ。シン・イカルガ……アンタがここに現れたんだ、ってねぇ」

「……で、俺たちを待ち構えてたってわけか」

「そ・の・と・お・り。ここで待っていれば、必ずアンタに逢えると思ってたわぁ。本当に久し振り……お互い、なーんにも変わんないわねぇ」

 瑞々しい唇を、ピンと立てた人差し指でそっとなぞり……そんな蠱惑的こわくてきな仕草をしながら、セレーネはうっとりとした顔でシンを見つめる。

 そんなセレーネと視線を交わしながら、シンはやれやれと呆れたように肩を竦めつつ。

「お姫様、危ないからちょっと下がってな」

 傍らで怯えるエリシアに言って、彼女を後ろに下がらせた。

「あの方、一体何者なんですか……?」

 そんな彼を、右腰に帯びたアストラルキャリバーのつかに手を掛ける彼を見つめながら、エリシアは戸惑いがちに問いかける。

 するとシンは剣に左手を掛けたまま、油断なくセレーネを見据えながら……静かに、その問いに答えるのだった。

「セレーネ・イクスタイン。説明するとややこしいんだが――――アイツとは、昔から色々あってな」





(第二章『囚われの姫君』了)

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