第一章:光の勇者/03
倒れていたシンをひとまず宿に招き入れた店主は、腹が減ったという彼にとりあえず食事をたらふく食べさせてやった。
「――――ああ、美味かった。助かったよおばちゃん、もう三日も何も食べていなかったんだ」
そうして、宿の一階にあるちょっとした食堂のようなスペースで食事を――――ざっくり計算で五人前以上の量を平らげたシンは、すっかり生気を取り戻した顔で、宿の店主にそう心からの礼を言っていた。
「良いってことさね、困った時はお互い様だろう?」
満足した顔でお辞儀をするシンに、店主は気さくな笑顔を返した後。彼が綺麗に平らげた空の食器を片付けつつ……ふと、今まで訊いていなかったことを改めてシンに問うてみる。
「ところであんた、なんでまた三日も食べなかったのさ? 若いのに、身体に悪いんじゃないのかい?」
「…………実を言うと、エグザスからここまで歩いて来たんだ。馬車代を節約したつもりだったんだが……こんなことなら、ケチらずに大人しく馬車を使うんだった」
自嘲じみた口調で説明するシン曰く、彼があんなところで行き倒れていた事情はそういうことらしい。
――――彼が店主に話さなかったことも含め、もっと正しく事情を語ってしまえば……こうだ。
あの後、またスフィルの石が実行した空間転移術式によって、シンは神殿から遠く離れたこの神聖エクスフィーア王国・王都エグザスまで転移。そこで色々と聞き込みなんかの情報収集を行いつつ、まず最初に見つけ出すべき王女の……エクスフィーアの第一王女・エリシアの足取りを追って、ここまでやって来たのだった。
だがシンは馬車代を惜しんで、あろうことか徒歩での移動を敢行。エクスフィーアの広大さを甘く見ていた彼は、結果としてこの宿の前で行き倒れていた……というわけだ。
これからどれだけの期間、この国に留まるか分からない。だから出来るだけ節約して宿代に当てようという魂胆だったのだが、しかし結果はこれだ。こんなことなら大人しく馬車を使えば良かったという台詞は、紛れもなくシン・イカルガの本心から滲み出た言葉だった。
「馬鹿だねえ、島国だからって甘く見てたのかい? あんた旅人さんだろ? 旅する場所の下調べぐらいしなくっちゃあ駄目だよ」
「全くその通りだよ、反省しなきゃな」
思いのほかアホな理由で行き倒れていた彼に苦笑いをする店主に、シンも肩を落としてそう返す。
そんな会話を交わす中で、ふとシンは店主にこんなことを尋ねてみた。
「なあおばちゃん、メイティス教団って知ってるか?」
「ん? なんだい藪から棒に。……ああ、知ってるとも。馬鹿なカルト連中さね」
シンが店主に尋ねたことは、他でもない――――彼が今回帯びた任務で打倒すべき敵、メイティス教団についてだった。
「お察しの通り、俺はこの国に来たばかりでな。その辺りの事情はあまり詳しくないんだ……良ければ、聞かせてくれないか?」
どうやらメイティス教団とやらは、思いのほか有名な存在らしい。無論……悪い意味で。
それを店主の語った僅かな言葉から察したシンは、あくまで無知な旅人を装いつつ、その詳細を店主に尋ねた。
すると店主は「まー、知らないと危ないっちゃ危ないからねえ。良いさ、教えてあげるよ」と言って、シンの質問に快く応じてくれた。
「なんでも、世界の終わりがどうとか……あたしにもよく分かんないけど、そういう危なげな与太話を垂れ流してる馬鹿な連中、それがメイティス教団って奴だよ」
「エクスフィーアはすこぶる治安の良い国だと聞いていたが……今は違うのか?」
「まあね」と、頷いて肯定する店主。
「ちょっと前までは確かにそうだったよ。でも今は昔と違って、あの教団のせいでこの国も結構危なくなっちゃってねえ。自分たちで盛り上がるだけなら……まあ別に良かったんだけどね。何年か前だったかな、遂にあの連中は暴力に訴えてきたのさ。そのおかげで治安は悪化。今じゃ教団は王国にあだなす危険な逆賊、立派な反政府組織って扱いさ」
溜息交じりに語る店主曰く――――どうやら、そういうことらしい。
メイティス教団についての情報は、スフィルの石から語られていた事前情報とおおむね一致していた。
終末思想を掲げた危険なカルト教団で、近年その勢力を急速に広げている。今ではエクスフィーア王国でゲリラ的な反政府活動まで始めるようになって、建国以来安定していた王国の治安は、今じゃ悪化の一途を辿っている…………。
その上――――店主は当然知らないだろうが、奴らは『黙示録の魔獣』という史上最悪の化け物まで蘇らせようとしているのだ。確かにこれは、スフィルの石が光の勇者たるシンを派遣するだけの大ごとのようだった。
「なるほどな……」
そんな店主の話を――彼女が出してくれた、食後の温かいお茶を飲みながら聞いていたシンは、スッと目を細めながら小さくそう呟く。
「そういえば、この村から東に行った先にある谷でも、あの教団の連中を見たって噂があったねえ。何をコソコソやってるのかは知らないけど……あんたも気を付けなよ」
ズズッとシンがお茶を啜る傍ら、ふと思い出したように店主がそんなことを言う。
シンはそれに「ありがとう」と返しながら、同時に内心では――――有力な手掛かりをくれた彼女に感謝していた。
(クスィ村の東にある谷、か……)
…………第一王女エリシアが消息を絶ったのも、丁度このクスィ村の近辺なのだ。
果たして本当にエリシアへと繋がる手掛かりがそこで見つかるのか、それは未知数だが……行ってみる価値はあるだろう。
「そうだそうだ。お風呂も沸かしといたから、良ければひとっ風呂浴びてきなよ。行き倒れるぐらいの長旅だ、そろそろ風呂に浸かりたい頃だろう?」
食後のお茶を啜りながら、シンが次なる目的地を静かに定めていると。すると店主が笑顔でそんなことを言ってくれる。
「これだけ食べさせてもらった上に、風呂にまで……ありがとう、恩に着る」
シンはそんな店主の優しさに心からの感謝を告げると、飲みかけのお茶を一気に飲み干して。座っていた椅子から立ち上がれば……善は急げと言わんばかりに、早速浴室の方へと足を向ける。
「そういえば、あんたの名前を聞いてなかったね。お兄ちゃん、あんたは一体何者なんだい?」
ウキウキ気分で浴室に向かおうとするシンだったが、その背中を呼び止めた店主がそう、今更な質問を投げかけてくる。
それに対し、一度立ち止まったシンは小さく振り向くと……横顔に小さな笑顔を浮かべながら、背中越しにこう名乗り返すのだった。
「俺はシン・イカルガ、ただの風来坊さ」
(第一章『光の勇者』了)
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