第六章:ひとときの安らぎとともに/01

 第六章:ひとときの安らぎとともに



「おや、戻ってきたのかい。って……そのは」

 戸を潜り、クスィ村の宿に戻ってきたシンを出迎えた店主だったが、しかし彼が連れている見慣れない少女を……エリシアを見て、きょとんと不思議そうに首を傾げる。

「あ、こんにちは……」

 エリシアが恐縮しつつペコリとお辞儀をする傍ら、

「色々と立て込んだ事情があってな――――」

 シンはそう切り出して、店主に事情を説明しようとしたが。

「ああ、大体の話なら聞かせて貰ったよ」

 しかし店主はシンの言葉を半ばで遮ると、全て心得ているといった風にそう言った。

「店の前であんだけ大騒ぎしてりゃあ、流石に聞こえちまうさ。そっちのがお姫様で……んでもって、アンタが光の勇者様なんだろう?」

「……知ってるなら、話が早くて助かる。詳しくは省略するが、エリシアは例の教団に捕まってたんだ。色々あって助け出したんだが……俺にはどうしてもエリシアの力が必要でな。知っての通り、これからは同行してもらうことになった」

「ご存じのようですが……改めまして、エリシア・フォン・ツヴァイク・エクスフィーアです。よろしくお願いしますっ」

 ぺこりと頭を下げるエリシアに「いいよいいよ」と店主は気さくな笑顔で言い、その後で彼女の顔をジッと覗き込めば……戸惑うエリシアを見つめつつ、ニッコリとしてこんなことを言う。

「にしても、あんたがエリシア王女かい……肖像画で見るよりもずっと美人さんだねえ」

 と、そんなことをエリシアに――とりあえずは第一王女である彼女の顔を、店主は物怖じせずにじっくり覗き込む。

「あ、あはは……その、ありがとうございます……?」

 そんな彼女に戸惑いながら、苦笑いを浮かべるエリシア。

 シンもまた二人のやり取りを眺めながら、薄っすらと笑顔を浮かべていて。そうした後でコホンと小さく咳払いをすると、彼は改まった調子で店主にこんなお願いをする。

「なあおばちゃん、悪いんだが……俺やエリシアのことは、他の連中には出来るだけ内密に頼むよ」

「ああ、分かってるよ。任せときな。村の連中には適当に言って誤魔化しとくよ。エリシアちゃんが王女様だってことも、あんたが光の勇者様だってことも、全部秘密にしといてあげるさね。安心しておくれよ、これでもあたしは口が堅い方なんだ」

 自信満々に、大船に乗った気でいろと言わんばかりに胸を叩く店主に「ありがとう」とシンは安堵した顔で礼を言うと、

「お願いついでに、もうひとつ頼まれてくれるか?」

 と、続けて店主に更なる願いごとを持ち掛けた。

「なんだい?」

「悪いんだが……エリシアの着替えを用意してやって欲しいんだ。俺が用意するべきなんだろうが、生憎と女物にはそこまで詳しくなくってな……」

「分かったよ、そっちも任せときな。エリシアちゃんにピッタリの可愛いお洋服、用意してあげるからね」

 快諾してくれた店主に「何から何まで……恩に着るよ」と心の底からの礼を言って、シンは懐から取り出した数枚の金貨を――この神聖エクスフィーア王国の貨幣『エクス』の金貨を、およそ五〇エクス分ほどエリシアの着替え代として彼女に手渡した。

「でも、申し訳ないけれど……追加の部屋はしばらく用意できそうにないんだよ。生憎と満室でさ……悪いんだけれど、相部屋で構わないかい?」

 その金貨を受け取りながら、店主はハッとして二人に言う。今やっと思い出したといった風な感じだ。

 ――――追加の部屋が、用意できない。

 村を出る前、この宿に拾われた縁もあってということで、シンの客室はその時に確保して貰っていたのだが……流石にエリシアのことまでは想定していなかったが故、取っている部屋は一部屋だけだった。

 本来ならば彼女の部屋も用意すべきなのだろうが……しかし、満室とあってはどうしようもない。

 故にシンは仕方ないな、と肩を揺らすと。

「ってことらしいが、構わないか?」

 そう、傍らのエリシアに確認する。

 すると彼女はコクリと頷き、

「満室なら仕方ありません。わたくしはシンさんとご一緒でも大丈夫ですよ?」

 と言って、相部屋での宿泊を了承してくれた。

「悪いねえ。その分、夕食はとびきり豪勢にしてあげるからさ、勘弁しておくれよ。

 っと……その前にエリシアちゃん、お風呂にでも入っておいでよ。色々あって疲れてるんだろう? ひとっ風呂浴びてサッパリしてくると良いさね」

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