第五章:高潔なる蒼の騎士/02

「姫様、一体どういうおつもりで……!?」

 手を差し伸べたが、エリシアはそれを拒んでしまった。

 それに戸惑いながらフィーリスが訊き返すと、するとエリシアは「事情があるのです」と真っ直ぐな瞳で彼女を見据えながら答える。

「メイティス教団の野望を食い止め、そして魔獣の……黙示録の魔獣の復活を阻止する為には、わたくしの力が必要なのだそうです」

「魔獣……!? 姫様、今魔獣と……黙示録の魔獣と仰いましたか!?」

 エリシアの告げた、黙示録の魔獣という言葉。

 それに驚いたフィーリスが思わず目を見開いて口走ったのを皮切りに、周りの騎士たちも途端にざわめき始める。

 ――――『黙示録の魔獣』。

 その意味をつい先刻エリシアが即座に理解できたように、彼らもまたすぐに理解していたのだ。その名が……伝説に記されし、世界を破滅に導く最悪の存在であるということを。

 皆、子供の頃におとぎ話の形として聞いたことがあるのだろう。スフィルの光の勇者にまつわる伝説と、そして彼らが討滅した黙示録の魔獣については、誰もが一度は子供の頃に耳にしたことがある……それこそ、一般常識レベルの話なのだ。

 だが、普通のおとぎ話と違う点があるとすれば――――それは作られた夢物語などではなく、数千万年前に確かに起こった出来事であるという点だ。

 伝説が真実であるということは、この場にある彼という存在が……当代の光の勇者たるシン・イカルガと、そして彼の携える光の聖剣アストラルキャリバーの存在が、何よりも雄弁に物語っている。

 であるが故に、フィーリスも他の近衛騎士団の騎士たちも皆、ここまで驚いていたのだ。

「……詳しいことは、俺から話した方が良さそうだな」

 そんな風にざわめく騎士団の面々に、シンはそう言って――自らが帯びたミッション、このエクスフィーアの地にやってきた理由。その概要をざっくりと説明してやった。

 自分に課せられたミッションは教団の野望を阻止し、そして彼らの企みを……数千万年前に倒された、黙示録の魔獣の復活を阻止すること。加えて……理由は分からないが、魔獣復活を阻止する為には、エリシアの力が必要になるということも。

「――――そんな、ことが」

 そうした説明を終えると、フィーリスはやはり驚きの眼差しでシンと、そしてエリシアとを交互に見る。

「分かって頂けましたか、フィーリス?」

 続くエリシアの言葉にフィーリスは「……事情は、理解出来ました」と頷くが、

「しかし……やはり、姫様の御身を危険に晒すわけには参りません」

 と言って、エリシアの二の腕を掴むと……尚も彼女を連れ帰ろうとする。

「なりません!」

 そうして掴んできたフィーリスの手を、エリシアは強引に振り払う。

「姫様、しかし……!」

 それでもフィーリスはどうにかして彼女を王都に連れ帰ろうと食い下がってきたが、そんな彼女を真っ正面に見据えながら、エリシアは真っ直ぐな声で彼女にこう告げる。

此度こたびの一件は我が国のみならず、世界そのものの存亡まで懸かっている事態なのです。そんな危機的状況で、わたくしを必要としてくださるのなら……王国を、そしてこの世界を守るために、光の勇者様がわたくしを必要としているのなら。わたくしは……その力になりたいのです。王女としてではなく、この世界に生きる一人の人間として。

 ですから……どうか分かってください、フィーリス。そして……わたくしの身勝手なわがままを、どうか許してください」

 真っ直ぐな瞳でフィーリスを、そして近衛騎士団の騎士たちを見つめながら、心からの言葉を告げるエリシア。

 そんな彼女の言葉に、嘘偽りのない気持ちに、フィーリスと……そして騎士たちは少しの間、言葉を失っていた。

 そして、僅かな沈黙の後……フィーリスの口から出てきたのは「……分かりました」という了承の一言だった。

「……ありがとう、フィーリス」

「姫様のわがままには、もう慣れっこですから。

 ……承知致しました、この場は一旦退きましょう。エリシア様にも、そして光の勇者殿にも……色々と申し上げたいことは山ほどありますが。しかし、今はこの件を王宮に報告することの方が先決です。これは……文字通りの一大事なのですから」

「…………フィーリス、本当にありがとう」

「俺からも礼を言わせてくれ。……ありがとう、フィーリス」

 エリシアは微笑みを浮かべて、シンはホッと胸を撫で下ろしながら、揃って彼女に礼を言う。

 するとフィーリスはフッと二人に微笑み返した後、

「事情は概ね理解しました。光の勇者殿……いいや、シン・イカルガ殿。ひとまず姫様のこと、どうかよろしくお願い致します」

 と、改まった調子でシンに向かってそう言った。

 それにシンは「任せてくれ」と返し、続けて「そっちも王宮への連絡、つつがなく頼む」と言う。

 フィーリスはそんなシンにコクリと頷き返した後、踵を返すと騎士たちを引き連れて村の出口へと歩き出す。

「…………では姫様、また近いうちにお会いしましょう」

 最後にエリシアに別れを告げて、後ろ髪を引かれながらも……フィーリスは騎士たちとともに立ち去っていく。

「――――すまん、最後にひとつだけ頼まれてくれるか?」

 そんなフィーリスの背中を、シンはふと思い出したように呼び止めた。

「と、仰いますと?」

「お姫様が囚われていたのは、あっちの森の奥にある廃坑道……そこを改造したらしい教団の拠点だったんだ。あれだけ大暴れした後だから、多分もうとっくに引き払ってるだろうが……一応、そこも捜索しておいてくれ」

「……分かりました。地元騎士団にその旨、連絡しておきます」

 シンの言葉にコクリと頷き返し、了承すると……今度こそ、フィーリスと彼女の率いる近衛騎士団はクスィ村から去って行った。

 そうして彼女らが去って行くと、シンはやれやれと疲れたように肩を揺らす。

 肩を揺らしながら、ふと隣に立つエリシアの顔を見れば……彼女の顔にもまた、疲れの色が浮かんでいた。

 村に着くまで眠っていたといえ、当然ながら疲労は抜けきっていない。少女の横顔には疲労の気配が色濃く浮かんでいる。

「…………ひとまず、宿に戻るとしよう。話はそれからだ」

 シンはそんな疲労困憊のエリシアを連れ、丁度目の前にあったクスィ村の宿に――――この村に着いた当初に世話になった、あの宿に戻っていくのだった。





(第五章『高潔なる蒼の騎士』了)

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