第五章:高潔なる蒼の騎士/01

 第五章:高潔なる蒼の騎士



「…………」

 シンを囲む騎士たちに割って入ってきた、青い髪の女騎士。怒りに燃えた瞳で剣を突き付ける彼女を――フィーリス・レイ・ヴィルシーナと名乗った彼女を、シンはエリシアを抱きかかえた格好のままじっと観察する。

(……彼女が隊長さん、といったところか)

 そうして観察する中で、シンは彼女がこの騎士たちを率いる立場にあると即座に見抜いていた。

 ――――フィーリス・レイ・ヴィルシーナ。

 背丈は一六六センチと、セレーネほどじゃないが割に長身な方だ。真っ青な髪は腰まである長いポニーテール、ぱっちりとした瞳もまた髪と同じ青色。加えて体格も……やはりセレーネには及ばないが、こちらも割に起伏に富んだものだった。

 そんな彼女が身に纏うのは、他の騎士たちと同じくエクスフィーアの国章が刻まれた騎士甲冑だ。

 が、周りの連中とは少し違っている。

 フィーリスの甲冑は他の者たちと違い、あちらこちらに青色がアクセントで入ったものだった。

 恐らくは彼女の為だけに誂えられた、特別な専用品といったところか。そんな出で立ちだけでも、彼女が他の騎士たちとは一線を画した存在であることは理解できる。

 しかし、何よりも――――フィーリスのその立ち姿は、他の連中とはまるで違っていた。

 他の騎士たちも相応に優れた連中であることは間違いない。平均的な練度もすこぶる高く、統率の取れた陣形にはまるで隙が無い。かつてシンが身を置いていた国の騎士団、世界屈指の実力と言われていた彼らに勝るとも劣らない、そんな優秀な騎士たちばかりだ。

 だが、フィーリスはそれ以上だった。

 この場に現れてから剣を突き付けてくるまで、彼女の動きには一切の無駄が無かった。それこそ文字通りに身を震わせるほどの激しい怒りに燃えているというのに、動く身体の方はあくまで冷静なまま、必要な動作を必要なだけ行っている。

 感情に支配されず、ただ必要なことだけを身体に行使させる。

 それがどれほど難しいことなのか……それを知らぬシン・イカルガではない。

 武芸に秀でた戦士は、その立ち姿だけでも他の凡人とは一線を画するという。現にこの女騎士、フィーリス・レイ・ヴィルシーナの立ち姿もまた、周りを囲む連中とはまるで違う、真に秀でた剣士のものだった。

 それこそ――――スフィルの石に選ばれし光の勇者、この世界の守護存在たるシン・イカルガにでさえ、即座に警戒態勢を取らせるほどに。

 そんな彼女が、まさかこの部隊の長でないはずがないだろう。故にシンはフィーリスを一目見ただけで、彼女が指揮官であると即座に見抜いていたのだった。

「…………俺が、一体何をしたっていうんだ?」

 シンは剣を突き付けてくるフィーリスと真っ正面から視線を交わしながら、あくまで冷静な声で改めて問う。

 するとフィーリスは「しらばっくれても無駄だ!」と叫び、

「貴様こそ、我が姫様を……エリシア様を攫った大罪人であろう! その腕に抱いたお方のこと、まさか知らぬとは言わせんぞ!」

「確かに俺はエリシアとは色々あったが……待て、俺がお姫様を攫った大罪人だって? ちょっと待ってくれ、お前さんは一体何の話をしているんだ?」

「証拠が欲しいと、貴様はそう言いたいのか?」

「証拠というよりは、俺を犯人だって決めつける根拠だな。悪いが俺には全く身に覚えがない話だ」

「貴様が腰に差すその剣! それこそが何よりもの証拠だっ!!」

 困り果てるシンに、フィーリスはやはり声を荒げながら――彼が右腰に差した長剣、光の聖剣アストラルキャリバーを指差す。それこそが動かぬ証拠だと、まさにそう言いたげにして。

「姫様の護衛に当たっていた部隊、その生き残りが証言しているのだ……奇妙な剣を携えた謎の襲撃者が、たった一人で護衛部隊を全滅させたのだと。そして……姫様を攫ったのだとな!」

「おいおい、冗談じゃないぜ……!?」

 ここまで言われてしまえば、流石のシンも焦りを隠せなくなる。

 ――――話を聞いて分かったが、これは明らかに冤罪だ。

 いや、話を聞くまでもなく分かっていたことなのだが……とにかく今の話、シンには全く身に覚えのない出来事なのだ。

 確かにアストラルキャリバーが普通じゃない、彼女の言うように奇妙な剣であることは百歩譲って認めよう。

 だが……当然のことだが、シンはエリシアを攫ったりなんかしていない。

 そもそも、シンがスフィルの石から任務を帯びてこの国にやって来たのだって、彼女が攫われた後のことなのだ。当たり前の話だが、シンが視察から帰る途中のエリシアを襲い、護衛部隊を全滅させて……彼女を攫うことなんて不可能だ。

 故にシンは戸惑いと焦りを隠せないまま、目の前に立つフィーリスに叫び返していた。

「悪いが、俺は何もしちゃいない! コイツは何かの悪い冗談だ……これは全くの誤解なんだよ、お前さんらのっ!」

「黙れ! それ以上口を聞くな!! 話は後でたっぷりと聞かせて貰う……! さあ、今すぐ姫様を解放しろ!!」

「ああくそ、話の分からない騎士さんだな……!」

 どうすれば、この頭の固い女騎士様に剣を下ろさせることが出来るのか。

 一触即発の緊張感が漂う中、シンはその答えを導き出すべく頭をフル回転させていた。

 彼女の言うこちらの罪状は完全に身に覚えのない冤罪だし、それに何よりも……彼女たちはエクスフィーアの騎士、即ちこの国の正規兵だ。教団の連中と違って、彼女たちには何の罪もない。そんな連中を、まさか全員斬り伏せるわけにもいかないだろう。

 戦闘は不可能、かといって口先だけでこの堅物の女騎士を説き伏せられるかどうか……。

「――――フィーリス、お待ちなさい」

 と、シンが困り果てていた時だった。

 どうやらエリシアは今の騒ぎで目を覚ましたらしく、王女らしい凛とした覇気のある声でそう皆に告げた。

 言ってから、彼女は抱かれていたシンの腕から降りて。ゆっくりと歩み出ると……そっと静かに、フィーリスと真正面から向き合う。

「姫様……っ!?」

 シンのジャケットこそ肩に羽織っているが、エリシアの出で立ちはやはりボロボロだ。

 そんな彼女が、己が仕えるあるじたる姫君が目の前に立つや否や、フィーリスは戸惑いの声を上げてしまう。

「シンさん、後はわたくしにお任せください」

 エリシアはそんなフィーリスを真っ正面から見つめつつ、一度チラリとシンの方に振り返ると、微かな笑顔を浮かべながら言って。とすれば、取り囲む騎士たちに向かって……彼女は、堂々とした声で事情を説明してくれた。

「この方、シン・イカルガ様はスフィルの石に選ばれし光の勇者様。メイティス教団に囚われていたわたくしを、危険を顧みず助けてくださったのです」

「スフィルの、光の勇者だって……!?」

「そんな、馬鹿な……どうして光の勇者様がこんなところへ!?」

「姫様、騙されているんじゃないのか……!?」

「でも、他でもないエリシア様のお言葉だぞ……!?」

「じゃあ、本当にアイツが……!?」

 エリシアの説明を耳にして、周りを取り囲んでいた騎士たちが途端にざわめき始める。

 そんな彼らの心境としては、やはり半信半疑といったところのようだ。

 決して不自然なことではない。いきなり目の前の男がスフィルの光の勇者、おとぎ話のような存在であると言われて、まさか誰が信じられようか。

「……シンさん、どうか皆に貴方の聖剣を」

 だが、そんな状況下で彼が光の勇者であると認めさせる、最高にして最善の方法がある。

 そんな意図を込めてエリシアが言うと、シンは分かったと頷き、右腰に差していた鞘から己が聖剣を――――光の聖剣、アストラルキャリバーを抜き放つ。

「おお、これは……!」

「青白く輝く、クリスタルの刀身……! これはまさしく伝説の聖剣……!」

「光の聖剣、アストラルキャリバー……これが本物なのか……!?」

 彼の抜いた聖剣の輝きを、透き通るクリスタルの刀身から放たれる青白い輝きを目にした瞬間、騎士たちはエリシアの話が真実であると理解してくれたようだ。

 どれだけ疑り深い相手でも、この聖剣の輝きを目の当たりにすれば、誰であろうと否応なく理解せざるを得ない。

 シンが少し前に出会った幼い兄妹や、そして他ならぬエリシア自身がそうであったように――――聖剣の放つこの輝きは、百の言葉にも勝る説得力を有しているのだ。彼がスフィルの石に選ばれし光の勇者であると、それが紛れもない真実であるのだと。

「し、しかし姫様……っ」

 騎士たちは皆、アストラルキャリバーの輝きに目を奪われている。

 そんな中でも、フィーリスだけは戸惑いながらも食い下がろうとしていたが……エリシアはそんな彼女に視線を向けると、続けて彼女にこう言った。

「これが真実なのですよ、フィーリス。彼こそが当代の光の勇者様。彼が来てくれなければ……わたくしは今頃、どうなっていたか」

「……本当、なのですか?」

「それに、わたくしを攫ったのはこの方ではないと断言できますわ。生き残りの方が見たという、その奇妙な剣……恐らくはシンさんと先程戦われていた、あの方の剣……ですよね?」

 振り向いて確認するエリシアに、シンは「ああ」と肯定の意を示す。

「騎士さん……フィーリスっていったか。多分だが、お前さんが言っているのは俺のこのアストラルキャリバーじゃなく、それと対になる闇の魔剣……ストライクキャリバーだ」

「聖剣と対になる、闇の魔剣……?」

 きょとんとするフィーリスに、エリシアは「はい」と頷き。

「間違いありません。わたくしは襲ってきたその方の顔を覚えています。わたくしたちを襲ったのは……先程、シンさんと戦われていたあの方に相違ありませんわ」

 と、断言してみせた。

「セレーネ……やっぱりアイツが、君を?」

 確認するようなシンの言葉を、エリシアは「ええ」と肯定する。

「冷静になって思い返してみれば、間違いありません。あの風貌に、特徴的な喋り方。そして……何よりも、あの禍々しき魔剣。わたくしを襲ったのは、間違いなくあの方……セレーネ・イクスタインです」

 ――――セレーネが、エリシアを襲撃し護衛部隊を全滅させ、彼女を攫った張本人。

 信じたくない気持ちもあったが、しかしシンの胸中にあったのは、やはりかという思いだった。

 フィーリスが自分の聖剣が証拠だと言ってきた時点で、何となく予想は付いていた。

 犯人が自分でない以上、これと同じぐらいに奇妙な剣といえば……同じスフィルの石が出どころのあの魔剣、セレーネのストライクキャリバーしか思い当たらない。

 それにセレーネの技量ならば、たった一人で護衛部隊を壊滅させるのなんて簡単だろう。セレーネ・イクスタインの剣の腕前がどれ程のものなのか、それは……彼女と長らく同じ時を過ごした彼自身が、誰よりも深く心得ている。

 故にシンは――彼女がエリシア強奪の犯人であると信じたくない気持ちもあったが、それ以上に納得の思いの方が強かったのだ。

 確かに、彼女ならば――――セレーネ・イクスタインならば、実行可能だ。

「…………ええと、つまり姫様。この男は姫様を攫った大罪人ではない、と……?」

 エリシアの説明を聞いたフィーリスが、震える声で己があるじに確認する。

 その顔にはさっきまでの燃え滾る怒りだとか、そういうものは一切無く。ドバドバと冷や汗を掻いたフィーリスのその顔はむしろ真っ青。綺麗な青い髪よりも更に青くなった、文字通りの顔面蒼白だ。

「むしろ、その真逆ですわ。シンさんはわたくしを救い出してくださった方。わたくしにとって、命の恩人ともいえる方です」

 そんな顔面蒼白のフィーリスに対し、エリシアはキッパリとそう断言してみせる。

「こ、これは……た、大変失礼致しましたっ!!」

 とすれば、フィーリスは――――彼女だけじゃなく周りの騎士たちも全員、途端に剣を収めてバッとその場にかしずいていた。

 気の毒なぐらいに真っ青な顔ででフィーリスがシンに向けるのは、心からの謝意を込めた視線だ。ぷるぷると震えた視線を向けてくる彼女は、何というか……そう、主人に叱られている子犬のようにも見えてしまう。

「構わない、気にしないでくれ」

 そんな彼女にシンは言うと、改めてこう名乗り返した。

「エリシアから散々名前は出てたが、俺はシン・イカルガ。ただの風来坊……なんて誤魔化しはもう通じないな。見ての通り、あの石っころから光の勇者なんてお役目を預かってる身だ」

「…………私はフィーリス・レイ・ヴィルシーナ、神聖エクスフィーア王国は近衛騎士団の団長を任されている身です。光の勇者殿、知らぬこととはいえ、姫様の恩人たる貴方に対する数々のご無礼……どうか、お許しください」

 心底申し訳なさそうに詫びてくるフィーリスに、シンは「だから、気にしないでくれ。お互いちょっとした行き違いがあっただけだ」と言うと、周囲の騎士たちを見渡しながら……改めてこんなことを彼女に言った。

「それにしても、エクスフィーアの近衛騎士団か……聞いていた通りの精鋭揃いだな」

「我が近衛騎士団を、ご存じなのですか?」

「噂には、な」と、きょとんとするフィーリスに答えるシン。

「アーケラス帝国騎士団に匹敵するレベルの実力だって聞いている。王国守護の要たる存在だって話だったが……なるほど、確かに納得だ」

 ――――神聖エクスフィーア王国、近衛騎士団。

 フィーリスを筆頭に、まさに今シンの周りでかしずいている彼らのことだ。

 その実力は世界有数だともっぱらの噂で、世界最強と名高いアーケラス帝国騎士団――――エクスフィーアの北方、広大なデューロピア大陸の西方に位置する大帝国のそれに匹敵するほどの精鋭だと言われている。

 シン自身、その噂は何度か耳にしたことがあるし……それに何より、世界最強のアーケラス帝国騎士団の実力もまた、シンはその身に色濃く染み付くほどによく心得ている。

 そんな彼の目から見ても、周りの近衛騎士団の騎士たちは皆レベルの高い者ばかりだった。

 であるが故に、シンはここまで感心していたのだ。フィーリスもまた、そんな精鋭連中を率いる団長の立場ということなら……彼女の醸し出している、このただならぬ気配にも納得できる。

 ――――閑話休題。

「それで……おたくら近衛騎士団は、どうしてまたこんな小さな村に?」

 一呼吸の間を置いて、シンは脇道に逸れた話を元に戻すみたく問いかける。

「我ら近衛騎士団一同、姫様捜索の任を受け、この場に馳せ参じた次第です。姫様が消息を絶たれたのは、ここからそう遠くない場所ですので……捜索の拠点にすべく、このクスィ村にちょうど到着したところでした」

「んで、たまたま俺たちと鉢合わせしちまった……ってことか」

 フィーリスは「はい」と短く頷いて肯定し、

「これまでの度重なるご無礼、お許しください」

 と、改まった調子でまたシンに詫びてきた。

「だから、構わないってのに……」

 そんなフィーリスの再三の謝罪に、シンは参ったように肩を竦めてしまう。

 確かに、彼女の気持ちはよく分かるが……それでもここまで謝られてしまっては、謝られているこちらの方が逆に申し訳なくなってきてしまうというものだ。

「……姫様、ご無事で何よりです。さあ、我らとともに王都に帰りましょう」

 故にシンは肩を竦めていたのだが、そんな彼の傍ら……かしずいていた格好から立ち上がったフィーリスは、そう言ってエリシアに手を差し伸べる。

 彼女を王都エグザスに連れ帰ろう、ということらしい。フィーリスたち近衛騎士団の任務は行方不明のエリシアの捜索なのだから、次にそう動くのも当然だ。

 だが、当のエリシア本人といえば――――。

「ありがとう、フィーリス。しかし……それは出来ません」

 ――――と、王都に帰ることをキッパリと拒んでいた。

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