第六章:ひとときの安らぎとともに/04
そうした長すぎる一日もやっとこさ終わりを告げ、夜更け頃。
暖かな陽の光に満ちていた外界も、今はすっかり夜闇が包み込み……天上の月が淡い輝きとともに地上を見つめる、そんな夜更け頃。シンとエリシアは二階の客室でくつろいでいた。
階段を昇って、二階の廊下を歩いた一番奥の突き当たりにある角部屋だ。
部屋の様式は言ってしまえばワンルームで、比較的手狭な客室内にはセミダブルサイズのベッドがひとつと、後はテーブルなり何なりといった必要最低限の調度品のみ。角部屋だけあって窓は二つあるから開放感はあるが、それでも二人で共有するとあっては狭さを感じてしまう。
元々はシン単独の宿泊予定だったから、仕方ないといえば仕方のない話だ。確かに彼一人だけなら、この狭さでも必要十分。むしろ広く感じるぐらいだ。
だが……エリシアが一緒とあっては、また話が変わってくる。
とはいえ、満室とあってはどうすることも出来ない。
不幸中の幸いといえば、エリシアが相部屋を快諾してくれたことぐらいだろうか。
例えシンにその気がゼロといえ、出会ったばかりの男女二人が同じ部屋で寝泊まりする……というのは流石にどうかと思わなくもないのだが、エリシア本人が良いと言っているのなら構わないだろう。
それに、彼女の身を守るという観点からも、実を言えば相部屋の方が都合が良かったりする。
エリシアは仮にもこの神聖エクスフィーア王国の第一王女である身分だ。加えて教団からも狙われている以上、彼女の身柄を預かっているシンとしては、出来るだけ近い距離で彼女を守る義務がある。
だから、そういう意味ではこの相部屋という状況、実はそれなりに都合が良いのだ。
とはいえ……相手は王女で、何よりそれ以前に年頃の少女だ。
かといって満室ではどうしようもない以上、エリシアに拒まれた場合はシン自身、野宿することも覚悟していた。
そうならなかったのは、ある意味で幸いといえよう。野宿には慣れっこだが、出来ることなら普通に屋根の下で眠りたいのが人情というものだ。
――――とにかく、シン・イカルガとエリシア・フォン・ツヴァイク・エクスフィーアの二人は、そういったやむを得ない事情もあって……しばらくの間、同じ部屋で寝泊まりすることになったのだった。
「ふぅ……っ」
そんな、二人で泊まるには少しばかり手狭な客室の中。備え付けられたベッドに横たわると、エリシアは心からの安堵を滲ませながら、深々と息をつく。
ベッドに横たわった彼女の傍らには、シンが壁にもたれ掛かって床に座り込んでいる。今日からこうしたスタイルで寝起きするつもりらしい。
同じ部屋というだけではなく、同じベッドに同衾までする……というのは、流石にシンも思うところがあったらしい。ふかふかのベッドはお姫様に明け渡し、自分はこうして壁にもたれながら床で眠ることにしたようだ。
「あの……床でなんて、本当に構わないのですか?」
そうして座った格好で眠りに就こうとするシンを見つめながら、エリシアは申し訳なさそうに問いかける。
するとシンは「大丈夫だ、気にしないでくれ」と細い声で返すと、
「こういうのには慣れてるんだ。寝ようと思えば、どこでだって寝られる」
と、平然とした様子で……でも声には少しだけ眠気を滲ませながら、エリシアにそう呟いていた。
「……そう、ですか」
そんな彼の答えを聞いて、エリシアはただそれだけを呟き返し。それ以上の言葉を紡ごうとはしない。
命の恩人である彼を、こんな風に床で眠らせるというのは……エリシア自身かなりの負い目を感じていたのだが。しかし、これもまた彼の気遣いであることも感じている。見かけによらず紳士的なのだ、シン・イカルガという男は。
だからこそ、エリシアは少しばかり彼に対して申し訳ない気持ちになりつつも……今日のところは、彼の厚意に甘えることにした。
「…………おやすみなさい、シンさん」
「ああ、おやすみ」
最後に短い挨拶を交わし合ってから、エリシアはそっと瞼を閉じる。
宿屋のベッドは、姫君たるエリシアにはいささか粗末な代物ではあったが……しかし牢獄での日々を経た彼女にとって、そんな違いは些細なことで。ふかふかのベッドの羽毛のような感触に包まれていると……すぐに、エリシアはその意識を眠りの奥底へと落としていく。
風呂では抜け切らなかった身体的な疲れと……そして精神的な疲労が、ふわふわとした眠気とともに霧散していく。じんわりと、身体から滲み出るみたいに。
そんな心地のいい感覚に包まれながら、エリシアは眠りに就く。長すぎる一日の終わりを、心地よい安堵とともに……エリシアは眠りに落ちていった。
――――すぐ傍にある、光の勇者の暖かな気配を感じながら。
(第六章『ひとときの安らぎとともに』了)
幻想戦記アストラルブレイカー 黒陽 光 @kokuyou_hikaru
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