第3話 事件

その日、ルーカスはいつも通り王都の警備に駆り出されていた。


ロゴス国の騎士団は大きく3つに分かれている。

主に王族や王宮を守るための近衛騎士団、王都周辺を警護する第1騎士団、そして王都以外の地域や魔物の出る辺境を守る第2騎士団だ。


近衛騎士団は警護対象の特性上ほとんどが貴族の嫡男や子息で構成されており、第1騎士団は嫡男以外の貴族や能力の高い平民、そして第2騎士団は平民や必要に応じて雇用される傭兵で構成されていた。


嫡男ではないとはいえ、ディカイオ公爵家というロゴス国において相当な上級貴族にあたる家の出身であるルーカスが第1騎士団に所属しているのは異例といえば異例だった。


身分だけであれば近衛騎士団への所属が適任ではあるものの、近衛騎士団には腹違いの兄であるニコラオスが所属してしていることから、ルーカスは無用な揉め事を避けるためにも第1騎士団へ席を置いている。


たとえ兄弟仲が良く本人たちの間では問題なかったとしても、とやかく口出したがる他人というのはどこにでもいるものだ。


(兄上には感謝してもし足りないというのに、口さがないことばかり言う連中には困ったものだ)


ちょうど強盗犯を詰所に引き渡したところで、野心溢れるうるさ型の貴族に捕まってしまった。

自身の出自が特殊であることとディカイオ公爵家の対面も考え、ルーカスはそういった輩に対しても極力丁寧な対応を心がけていた。


(そういえば、今日は一週間ぶりにアリシアに会える)

数時間後の夕方には婚約者に会えることを思い出し、ルーカスは唇にほんのりとした笑みをのせた。


そんな平穏な日常が、王宮を揺るがす事件によってあっという間に瓦解するのは、そのたった半刻後だった。


「皇太子殿下が襲われた!!」

詰所の扉を壊す勢いで開けて飛び込んできた同僚の声に、所内には一瞬にして張り詰めた空気が流れる。


「詳細は?」

第1騎士団長の落ち着いた声に慌てふためいていた同僚は息を整えながら話し出した。

「詳しくはまだです。皇太子殿下はご無事なようですが、ただ…」

そこまで話した同僚は躊躇いがちな視線を寄越した。

「なんだ?」


嫌な予感が、胸をよぎる。

「それが…、ニコラオス公がケガをされたと」

「…ケガ?兄上が?」

「たまたま仕事で王宮に出仕していたんだが、近衛騎士団の詰所が急に慌ただしくなって。おそらくまもなく伝達がくると思うが、漏れ聞こえた内容によるとニコラオス公が皇太子殿下をかばわれたそうだ」

「ケガの状態は?」

「それはわからない」

「…そうか」


(あの兄上のことだ、きっと大丈夫のはず)


自身よりもよほど武芸に優れ、何よりもディカイオ公爵家の能力を引き継ぐ兄が簡単に命を落とす訳がない。

そう思いながらも、嫌な感じが胸をざわつかせる。


「このままでは仕事にならないだろう。ルーカスは今から王宮に行って来い」

「しかし今日は夕方までの勤務のはずです」

騎士団長の声に、はやる心を抑えながらルーカスは答えた。

「何事も柔軟な対応が肝要だ」

「…わかりました。…ありがとうございます」

騎士団長の心遣いに感謝し、ルーカスはすぐに身を翻した。


嫌な予感が、治まらない。

肌がぴりぴりとして気が立っている。

自身のそういった感覚が一度として外れたことがないのを、今回ばかりは外れて欲しいと痛いほど願った。

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