第27話 皇太子

義母から任された王城での仕事を終え帰ろうとしたところ、ルーカスは皇太子の近衞騎士から声をかけられた。


「殿下がお呼びだと?」

「はい。急ではありますが、皇太子の間までご足労願います」


ルーカスは皇太子と会ったことはあるが今まで個別で呼び出されることなどなかった。

ニコラオスが皇太子と学友であり、また近衛騎士として仕えていたから話だけはよく聞いていたけれど。


そしてニコラオスが皇太子をかばって亡くなってから一度だけ謁見した。

非公式の場ではあったが頭を下げられのを覚えている。


もともとニコラオスからも、皇太子は義に厚く広い視野を持ち、次期王として頼もしいと聞いていた。

その皇太子が何の用事なのか。


近衛騎士の先導で皇太子の間まで行くと、皇太子はすでに椅子に腰かけていた。


ニキアス皇太子は王族にだけ受け継がれる赤みがかった髪と黄金色の瞳を持つ。

王の長子であり、王位継承順位1位だ。


王には他に2人の王子と2人の王女がいる。

先の襲撃は2人の王子の関係者か、もしくは国外からの暗殺者かと意見が割れており、はっきりとしたことはわからないままだった。


「かけてくれ」


声がかかり、ルーカスはテーブルを挟んだ向かい側の椅子に腰を下ろした。


「ニコラオスの葬儀以来だな。少し痩せたか?」


なぜか親しげに話しかけられて、ルーカスは戸惑いに瞳を揺らす。

そんな様子にニキアスは小さく笑った。


「知っての通り、ニコラオスと私は友人だった。ニコラオスはよく君の話をしていたよ。だからだろうか、そう会ったこともない君のことを身近に感じるのは」


少し遠い目をしながらニキアスは言う。

彼の中で、ニコラオスは大切な存在だったのだろうとその声から窺えた。


自分をかばい友人が亡くなったことをニキアスは悔いているのだろう。

それでも、王族として誰を犠牲にしようとも生き抜かなければならないこともよくわかっていた。


何とも答えられずルーカスは口をつぐむ。

辺りに悲しみの沈黙が広がったが、本題はそれではなかったのだろう、不意にニキアスが一枚の書類をテーブルに置いた。


「今日君を呼んだのはこれの確認のためだ」


ニキアスはすでに為政者の顔になっている。

ルーカスは許可を得て置かれた書類を手に取った。


婚約破棄依頼書。

書類にはそう書いてあった。


「…!」

「ルーカス・ディカイオ公爵とアリシア・カリス伯爵令嬢との婚約破棄を願い出る、とあるが、君はこれを知っていたか?」


貴族の婚約は基本的に当主同士の合意が得られれば結ぶことができる。

しかしその中でも、4公爵に関してだけは王族の許可を必要としていた。

また、破棄したい時も同様に王族に認めてもらわなければならない。


「本来婚約や婚姻に関する書類は当主が提出するべきものだ。ただし、何らかの理由で当主が不在の場合代理として当主夫人が届け出ることができる」


ニキアスの言葉に書類を確認すると、イレーネ・ディカイオ前公爵夫人のサインが書かれていた。


「現在ディカイオ公爵はルーカス、君だ。しかし今回の代替わりは突然だったこともあり、前公爵夫人が担っている部分もあるだろう。ただ、この婚約を破棄するのであれば本人である君が願い出るべきだ」


寝耳に水と言っていい事態に、ルーカスは激しく動揺していた。


「その様子を見ると何も知らなかったようだな」

一つため息をついて、ニキアスは思案気な顔をする。


「4公爵は国の中枢を担う家門だ。今回の混乱はニコラオスを失うことになった私のせいでもあるが、家の中で意思の疎通が取れていないのは問題だろう」


「申し訳ありません」


家の中が一枚岩ではないことはルーカスも身に染みてわかっていた。

今までほとんどタウンハウスに寄りつくことがなかった公爵家次男が突然当主となる。


そのことをなかなか認められない使用人もいるであろうし、前公爵夫人である義母が公爵家の決定権を未だ多く持っていることも承知していた。


使用人は当主に雇われている限りその意思に従う義務がある。

しかし公爵家の使用人ともなればそれなりの自負心もあり、その心まで従わせるのは難しかった。


「この依頼書は一旦私が預かろう」

「ありがとうございます。私にカリス伯爵令嬢との婚約を破棄する意思はありません。義母とは考えの行き違いがあったのだと思います」


ニキアスの言葉に、ルーカスは静かに頭を下げた。

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