第26話 対峙

ディカイオ公爵邸に着いた時から、言い知れぬ違和感はあった。

でもそれは来慣れない邸宅だからだと思っていた。


しかし門番に取り次いでもらって玄関から中に入った時、違和感は勘違いではないと感じた。


最初に気づいたのは家令の戸惑ったような表情だった。


「ルーカス様にお会いしに来たのですが」

アリシアが言うと、家令の表情は戸惑いから不審感に変わった。


「旦那様は本日王城へ出仕なさっています」


家令の言葉に、今度はアリシアが戸惑う番だった。


「先触れは出していますが、ルーカス様はご存知ないのでしょうか?」

「快諾のご返答は差し上げていないかと存じますが?」


そこで初めて、アリシアは公爵邸にとって自分は招かれざる客なのだと感じた。

それがルーカスの意思なのか、または別の誰かの意思なのかはわからないけれど。


今までルーカスに会おうとして会えなかったことなどなかったから、まさか門前払いのような扱いを受けるとは思っていなかった。


「そこにみえるのはアリシア様かしら?」


不意に頭上から声を落とされて、アリシアは声の主を振り仰いだ。


開かれた玄関ホールの向こう、中央から延びた階段が真ん中の踊り場を経由して左右に分かれて上がっていく。

その踊り場に、フォティアの姿があった。


「ご無沙汰しております。フォティア様」

挨拶としてカーテシーをしながら、なぜ彼女が出てきたのかという疑問がアリシアの頭の中を目まぐるしく駆け巡った。


アリシアとフォティアはそれぞれが兄弟の婚約者であったが、それほど交流があったわけではない。

何よりもアリシアは主に領地にいたしフォティアは王都にいたので会う機会自体が少なかった。


それでもニコラオスがルーカスに会いにくる時に一緒になることは多かった。


「ごきげんよう、アリシア様」


なぜかフォティアから発せられる空気がアリシアを拒んでいる感じがして、無意識に体に力が入った。


「ルーカスは王城に行ってるのだけど、聞いてなかったのかしら?」


フォティアの言葉に、アリシアの違和感は頂点に達した。

違和感の原因はすぐにわかった。


『ルーカス』


今まで、フォティアがルーカスのことを敬称なしに呼んだことはあっただろうか。


いずれ家族になるとはいえそれは義理の関係であったし、けじめのためにも敬称なしなど考えられなかった。


そもそも呼び捨てで呼ぶのは血の繋がった家族か恋人くらいが普通だ。


「カリス伯爵家からの先触れは受け取ったのだけれど、今日は王城に行く用事がありましたし、てっきりお返事としてそのことをご連絡していると思っていたわ」


つまり、ルーカスはアリシアの来訪を知りながら留守にし、それを知らせもしなかったと、フォティアはそう言っている。


ルーカスに限ってそんなことはしないと思ったが、目の前ではっきりと言い切られてしまうと自信が無くなってくる。


「ルーカスに大事なお話がありますので、帰って来るまで待たせていただけますでしょうか」


それでもアリシアは引き下がらなかった。

フォティアが何を言おうが、これはアリシアとルーカスの問題だからだ。


しかしアリシアの言葉にフォティアは不快げな顔をする。


「はっきり言わなければわからないのかしら?ルーカスはあなたに会いたくないから不在にしているのよ」


「…!」


「彼は優しいから、あなたにはっきりと言えなかったのね」


フォティアはさも困ったかのように言葉を続ける。


「近々婚約破棄の知らせがいくと思うわ。ルーカスのことを思うのであれば、どうすればいいのかわかるでしょう?」


婚約破棄。

思ってもみない言葉が発せられて、アリシアの体がふらりとかしいだ。

その体をそばに控えていたタラッサがとっさに支える。


その後どうやって公爵邸から帰ったのか、アリシアは覚えていなかった。

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