第14話 幕間ー回想ー
前公爵夫人イレーネ•ディカイオは元々侯爵家の出だった。
上に兄二人の末っ子で唯一の女の子でもあった。
両親は貴族では珍しく夫婦仲が良く、家庭環境としては恵まれていたのだと思う。
何の憂いもなく育ち、王都の学園で前公爵のセルジオスと出会った。
セルジオスはその立場はもちろんのこと、優れた容姿に気配りの行き届いた対応、困難なこともあっさりとやり切ってしまう能力に多くのご令嬢が熱を上げていた。
そして例に漏れずイレーネもセルジオスに憧れている一人だった。
ただ、イレーネは他のご令嬢方と違いデェカイオ公爵家とは家同士のつき合いがあり、また、学園ではセルジオスと同じ生徒会に所属したこともあってか気づけばどの令嬢よりも彼の近くにいた。
イレーネが想うようにセルジオスから気持ちを返してもらえた時、心の底から嬉しかったのを覚えている。
気持ちを通じ合わせ眩しいような学園生活を送ったのちセルジオスとイレーネは結婚した。
そしてほどなくして子宝に恵まれる。
心から自分のことを愛してくれる夫と可愛い子供。
まさに順風満帆の人生と言えた。
これ以上ないくらいの幸せに、しかしイレーネは長く浸ることはできなかった。
イレーネの人生に小さな影が差したのは嫡子のニコラオスを出産した後。
産後の肥立ちが悪く、時間をかけて体調こそ回復したがこれ以上の出産を望めなくなった。
折りしも国は戦争の影響で出産数の増加を求め始めた頃でもあった。
特に上位貴族に関しては嫡男とスペアの少なくとも二人の子供を持つように推奨されていたのだ。
これ以上の子供を持てないことを知ったイレーネは悲しみにくれた。
ニコラオスは可愛かったし、公爵家に嫁いできた者の義務でもある後継者は産んだ。
しかし今の状態ではセルジオスは何らかの方法でもう一人子供を持たなければならない。
ロゴス国は王族以外は一夫一妻制ではあったが、ことこのことに関して、4公爵家は愛人を持ってでも子を二人以上持つように厳命されていた。
しかし悩むイレーネを前にセルジオスは愛人を持つとは言わなかった。
何度も話し合いを重ね、セルジオスはイレーネの気持ちを尊重し親戚の中から養子を取ることに決めた。
子供を二人以上持つことだけを考えればそれもまた一つの方法ではある。
ただ、ロゴス国において王族と公爵家にだけは与えられた使命とそれに見合った能力があったため、なるべく直系の血を濃く継ぐ子供を持つことが求められていた。
セルジオスの決断はその求めに反することだった。
親族の子とはいえ、傍系の子供では能力にかなりの差が出てしまうから。
それでも、イレーネを愛するセルジオスは王と交渉してその希望を通した。
国への義務を半ば破るようなものでありイレーネとしても心苦しくはあったが、それと同時に夫からの愛を感じて喜びを覚えたのも確かだった。
それからしばらくの間イレーネの心は平穏に包まれていた。
だからその状況が覆ることがあるなんて思いもしなかった。
セルジオスがイリオン国の第2王女を娶ることになったと、聞いたのはそれから3年後のことだった。
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