第7話 朝
大きな悲しみを包んだ夜が明けた。
陽の光の差し込むサンルームで、アリシアはルーカスを待っていた。
彼の好きな紅茶を手ずから丁寧に入れる。
この後ルーカスは公爵邸へ戻るという。
「おはよう」
扉を開けてルーカスが入ってきた。
昨日は目の下にうっすらと見えた隈も、今日はいくぶん薄くなったようだ。
「おはよう。よく眠れた?」
「ああ。ありがとう」
元々感情を見せることの少ないルーカスは、はたから見る分にはずいぶん落ち着いている。
朝食を一緒にという誘いはやんわりと断られていた。
食事をする気にならないのか時間が無いからなのか。
アリシアにはわからない。
「騎士団の方は当面休みをもらうことになったよ。いずれ退団することになるとは思うけど、まずは家の方の環境を整えてから騎士団側の引き継ぎをすればいいと言ってもらえて助かった」
ルーカスはいつもの世間話のように話す。
「寮の方はどうするの?」
「今日退寮してくる」
ルーカスは第1騎士団に所属してからずっと寮暮らしをしていた。
公爵邸には義母と兄のニコラオスが住んでいたこともあり、ルーカスとしては寮の方が気が楽だったせいだ。
ニコラオスは公爵邸から出仕すればいいと言ってくれたが、義母の手前けじめは必要だと感じたせいでもある。
「しばらくは義母上や家令に確認しながら仕事を進めなければならないし、なるべく早急に領地のことも知らなければいけないから。…時間がいくらあっても足りないくらいだよ」
次男といういわば嫡男のスペアという立場だったルーカスだが、その実公爵家の仕事に関してはほぼ知らないに等しかった。
父も兄も仕事を教えたり分け与えたりしたかったようだが、そのことに関して義母の強固な反対があったという。
自身の出自を思えばさもありなん。
ルーカスとしても関係に波風を立てたくなかったため、騎士団に入って以降はそのことが家族の話題に上がったこともなかった。
それが仇になるなど誰が思うものか。
これから仕事を覚え、こなしていかなければならないかと思うと、ルーカスは焦りを感じた。
25歳を迎えていたニコラオスでさえ若き公爵と言われていたというのに、やっと20歳になったばかりのルーカスなど他の高位貴族にとっては子どものようなものだろう。
もちろん親身になってくれる人もいるであろうが、足をすくおうと虎視眈々と狙ってくる手合いもいる。
周りは全て敵と思うくらいでいなければならない。
「落ち着くまでは会う時間を作るのも難しいかもしれない。私としてはアリシアに癒されたいのだけどね」
苦笑いを浮かべながら言うルーカスにアリシアは困ったように微笑んだ。
「そばにいたいけれど、邪魔になってはいけないわね。手紙を書くのは大丈夫かしら?」
「それはぜひ。アリシアからの手紙を励みに頑張るよ」
ふんわりとした微笑みに不意をつかれてアリシアは赤面した。
「早くまた会いたい」
切なく囁かれた言葉にアリシアは胸もとをぎゅっと握りしめる。
二人とも思うことは同じ。
お互いが必要な存在であると伝え合ってきたから。
だから、落ち着けばすぐにでも会えると思っていた。
この日を最後に会うことができなくなるなど、この時の二人が気づくことはなかった。
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