第23話 幕間ー執着ー
ニコラオスの死から数日間のことをフォティアはあまり覚えていなかった。
信じられないと現実を拒否し、しかし葬儀の場に出ればその現実を突きつけられる。
我を失って何も考えられない状態でいたがお腹の子の存在が茫然自失としていることを許さなかった。
葬送の儀の日からずっと、フォティアは前公爵夫人のイレーネに許されて公爵家に滞在していた。
イレーネが滞在を許可したのはフォティアのお腹にニコラオスの子がいるからだろう。
このままいけばきっと子どもを産むまでは公爵家にいられる。
しかし問題はその後だ。
イレーネはニコラオスの子を欲しがるに違いない。
そして子どもさえ産めばフォティアは用済みになる。
でもそれでは困る。
眠れずに痛む頭を抱えフォティアは考えた。
何があっても絶対に家に戻りたくない。
絶対に。
もし産後家に戻れば、婚約者を失い子どもまで産んだフォティアのその後なんてそれこそ誰かの後妻か愛人になるしかなくなってしまう。
そういった状況であっても両親に愛されている子どもであればまた別の良縁を考えてもらえるかもしれないが、フォティアの家では期待するだけ無駄だった。
もしくは修道院へ送られるか。
どちらにしろ戻れば良いことはないのは目に見えていた。
ならばどうにかして公爵家に留まれるようにしなければならない。
フィティアに唯一残された切り札、それはお腹の子だ。
ロゴス国で婚約中に産まれた子が婚姻中に産まれた子と同等にみなす政策が始められてからいくつか問題が起こった。
その中でも一番問題視されたのが子どもの親権だった。
婚約中に子どもを産ませ、その後婚約を解消する。
男性の家が女性の家よりも上位であればその決定に意義を申し立てるのは難しい。
後継者や子どもだけが欲しい貴族が政策をいいことにそういった暴挙を起こした。
離縁よりも婚約解消の方か遥かに簡単で、のちの縁談にも響きにくいことから泣き寝入りを強いられる令嬢が後を絶たなかった。
そこで政策には特別な条項が追加された。
いわく、婚約中に産まれた子に関する権利は全て産んだ女性が有する。
もしイレーネがニコラオスの子を望むのであれば、フォティアの意向を無視することはできない。
そしてフォティアには確信があった。
イレーネは必ずニコラオスの子を望むであろうと。
ニコラオスの子をディカイオ家の後継者にする一番簡単で確実な方法はルーカスとフォティアを結婚させることだ。
兄の婚約者だった者とその弟が結婚する、それは先の戦争では実際に多くの家で起こったことでそれほど珍しくはない。
ただ、それにはルーカスの婚約者であるアリシアの存在が邪魔になる。
それでもフォティアには自信があった。
かつてルーカスがフォティアに想いを寄せていたことを知っていたから。
特筆すべきところの無いアリシアよりも、自分の方が美しいこともよくわかっていたから。
全力で落とせばルーカスなどたやすく手に入ると思った。
ルーカスと結婚してディカイオ家に入る。
それがフォティアにとって今できる一番良い方法だと思えた。
結婚してしまえばこちらのもの。
もし産まれた子が女の子であったとしても、戦争以降ロゴス国では女性にも爵位を認められるようになったので問題はない。
フォティアはルーカスと結婚したとしても白い結婚でいるつもりだ。
公爵家の義務で二人目を必要とするならば、それこそルーカスとアリシアの間に子どもを作らせ養子にすればいい。
自分のことしか考えられなくなっていたフォティアはその発想がいかに酷いかに思いいたることができない。
ニコラオスと幸せになれるはずだったのに、なぜ自分はこんな思いをしなければならないのか。
その考えに囚われるあまり、自分が人の幸せを踏みつけようとしていることに気づいていなかった。
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